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映画を観に行ってきました。

今日は映画を観に行ってきました。
「働く場所も決まらんのに映画かよ!?」と言われそうですが、ご勘弁あれ。

実は、今日観た映画は、知り合いの人のおじいさんが映画のモデルになっている物で、実話を元に作られた映画でウェブサイトで評判良い感じだったので「観に行かなくちゃ」と思ってしまったのでした。映画のタイトルは「世界最速のインディアン」(英題:The World's Fastest Indian)と言い、伝説のバイク「インディアン」に乗り、63歳で世界最速記録の夢に挑んだ男の話です。

この映画を観た後で、「かっこいいなー」と思って余韻にふけってしまいました。なんかそんな映画です。夢をずーっと追い続けながら、困難にぶつかり、いろいろな人に助けられ、そして自分と運命を共にするバイクを信じて周りに惑わされずに突き進む姿には“感動”してしまったのでした。でも、きっと彼自身の純粋さと一途さに周りの人が魅了されてしまうような人物だから世界最速記録に挑むことが出来たんではないかと思いました。映画の中で、サラリと発せられているのだけど意味深い言葉がいくつかあって、胸に突き刺さるようで、「言う事が深いな~」と思って、それまた“感動”でした。

それから、アンソニーホプキンスが本当に味のある“ナイスガイ”を演じていました。時には頑固で、時にはかわいく、時には凛々しくて、彼の演技や表情に惹きつけられて、ドキドキしたり、涙が出そうになったりしてしまいました。

久しぶりに「また観たい」と思ってしまった個人的には“おススメ映画”です。
今日は、映画を観てリフレッシュ出来た日でした。
明日からも頑張るぞー!


インターン体験談を話してきました。

今日は、今回インターンシップに行ってきたエージェントの
依頼で説明会に参加して体験談を話しに行ってきました。

場所は青山通りの“こどもの城”の会議室の一室。
インターンシップに興味を持つ人達が30人位来場していました。
そこで、半年間行ったインターンシップの体験談を質疑応答
のような形でお伝えしてきました。

興味津々でメモを取りながら聞いてくれる方、
ちょっと興味ありそうにうなずきながら聞いてくれる方、
あまり興味なさそうな方、
いろんな方がいろんな反応をしていました。

自分も経験者なので分かるけれど、決断をする前には
様々な事を考えなくてはいけないので、迷うんだよな~。
どの方も、今日の説明会を聞いて改めて自分の気持ちと
相談をして、決断をすることになるんですよ。
自分は説明会とかには参加しなかったけれど、
自分が迷って試験を受ける決断をした時のことを思い出して
懐かしかったな~。
そして、またLAを思い出して、LAの皆に会いたいと思いました。

今日は、貴重な体験が出来て楽しかったな。
そして、謝礼金もいただき懐も少し暖まったので良かった。


大人っぽい姿をみました。

今週末、久しぶりに友人と会いました。
彼らと前に会ったのは自分がインターンシップに行く前だから、もう7ヶ月以上ぶりでした。
自分は、もっと“感動!”して再会するつもりだったのだけれど、意外と普通にアメリカに行く前と変わらない感じで「久しぶり!」とか言って会ったのでした。それから6時間近く、フラフラとハシゴ酒(自分はアルコールが駄目なんでノンアルコールの飲み物専門だけど)をして色々な事を話して過ごしました。

細かい内容については書きたくないので書きませんが、彼らと会って「皆、大人っぽい」と感じたのでした。自分がインターンシップをしている時に、普通に生活をして、ちゃんと働いて、お金を稼いで、守るべき者/物をを守っていたのです。“自分はどうか”と考えてみると、大人っぽくなったのだろうか?正直なところ、自分では分からないのです。7ヶ月前の自分は気持ちの中に変化はありました。親や親しい人から離れ、そういう人達の有難みを知ることはできて、仕事に対する心持ちも「場所を問わず出来るだけ自分が自然にしていられる所を探したい」なんて思うようになりました。でも、それって“大人っぽい”とは少し違うと思うのです。

きっと、これから仕事が見つかり、いつか結婚だってして(今予定ないけど)、生活をしていくうちにいつの間にか身につくのかもしれません。早く“精神的に大人っぽい人間になりたいものだ”と友人に会って、当たり前な事を改めて感じてしまったのでした。

でも、あせっても仕方ないし、人と自分は違うので、気負わずに行くつもりですけどね。


久しぶり。。

ずいぶん久しぶりの投稿になります。
帰国してあと1週間ほどで1ヶ月になってしまいます。

LAにいた時には一生懸命ブログのアップデートを心がけていたのだけど、帰国してしまったら、なんだか燃え尽き症候群のように書き込みをするような気分ではなくなってしまい、全く手付けず状態を続けてしまいました。正直なところ、LAでの生活は自分にとって本当に忘れがたい生活で、今でも自分の気持ちの中で続いている感じがあるのです。何かをキッカケにしてサンタモニカの海岸や街並みを思い出したり、何かをやった時にLAの生活と比較してしまう毎日が続いています。

就職活動もボチボチですがやっていて、自分に合いそうな会社を見つけては履歴書を送ったりして面接にもポツポツと行っています。もちろん、前職を離れる時に覚悟はしてましたが、実際に「現実」に接するとやはり厳しく感じる時がありテンションが下がったりもします。 既に面接を受けた会社のうち1社からお断りのご連絡をいただき、面接の時に微妙に感じていたものの、少しショックを受けました。

ただ不思議な事は、くよくよする感じがないのです(まだ帰国して1ヶ月だからかもしれんけれど)。もしかして、この今までと少し違う感じは、LAの生活から無意識に何か学んだ点なのかもしれない、と思ったりしています。とはいえ、この時期になり、若干間延び傾向になってきているので、なんとか発奮していかなくてはいかん、とは思っています。

これから、まだまだどうなるか分からないけれど、なんとか自分が精神的に自然でいられる場所を探して針穴をさすような感じかもしれんけれど頑張っていくぞ。

そして、未だにシアトルに行った時の旅行記を書き終わっていないのです。これも、なんとかしなくては。う~ん。待っててくださいな。


滞在最後の週です。

とうとう、帰国することになってしまいました。
もう、“信じられない”ような“信じたくない”ような気分でいっぱいでした。
結局無事に帰国はでき、日本の家まで辿り着けましたが、日本の寒さと
疲れなのか直ぐに風邪をひき、やっと今回のアップデートとなりました。
1日1日がドタバタした感じですが、いつもどおりお暇な方はご覧ください。

2/11(日)
今日は、シアトルから帰ってきて、LA滞在の最終日曜日だった。日曜日と言えば、洗濯をする日で、午後に学生君と一緒に行くことにしていた。でも、自分は午前8時過ぎには起きてマザーと新聞の記事の話やら鳥籠にいる鳥の話やら話をいろいろとして、それでも学生君が目覚める午後まで時間があった。それで、帰国するまでにやらなくてはいかんと勝手に自分の中で思っていたステイ先周辺の風景を写真に収めることを散歩に行きがてら実行することにした。
まず家を出てわりと近くの整備された人気のない住宅街を歩き数枚写真を撮ったところで気が変わり、せっかくなので軽く買い物もしようと思うようになり、方向転換して何かあるといつも行っていたスーパーに行くことにした。その道すがら、歩道を歩きながら印象に残っていた場所や後で思い出したい場所の写真を撮りながら行った。なんか写真を撮るという意識でいつも歩いていた道を観察するといろんな変な物や面白い物や汚い物が目に入ってきた。なので、それらを写真に収めてスーパーで買い物をしてから、もう少し家とは逆方向に歩を進めてみることにした。そうしたら、「あの時ここでこんな事があった」とか「この木は長男が会社に勤める前に車で通ってくれて、サイドに植えてある木が気に入っているとか言っていたな」とか様々な事が思い出されてきた。それですこし切ない気持ちになってしまった。あまり遠くに行くと引き返す時に大変になるので、自分の中で納得いった時点で折り返して、同じ道だけど違うサイドの歩道を歩きながら、気になった所で写真を撮りながら家に帰りかけた。ふと時計で時間を見てみたら、まだ学生君が起きそうな時刻から少し時間があったので、また方向転換をして、いつも行っていたショッピングモールの方向に向かってみた。これまた、住宅街の道を通っていたので、パチリパチリと写真を撮りながら、今までにあった事や印象に残った事を思い出したりした。ショッピングモールの所に着いたら、何故か自分が口座を作っている銀行を写真に収めたくなり、モールの近くにあったこともあり、バッチリ外観を撮った。それから別の道を通りながらステイ先に戻り、家の写真を撮って終了となった。「きっと傍から見ると歩きながら街の写真を撮る光景は変なんだろうな」とか思って少々ヒキメを感じながら、でも「変わり者と思われても気にしな~い」とか開き直って、歩いたり止まったりしながら写真を撮ったのだった。
自分が家に着いて少ししてから学生君が眠そうな顔をして部屋から出てきた。その時点で午後1時30頃。それから学生君が朝昼兼用のシリアルを食べて身支度をしてから洗濯に2人して行くことにした。洗濯自体はいつも通りの感じだった。そして、何故かこのところ一緒に行くと恒例になっているランドリー隣のイタリアンレストランでピザを持ち帰りにして、ランドリーの椅子に座って2人して美味しく食べた。このレストランのピザは薄めの生地にチーズを溶かして乗せてあり美味しいのだ。それから、学生君や自分の将来について少しまじめな話をしたり、午前中に撮影した自分のデジカメのデータを学生君と一緒に見たりした。滞在最初の頃には毎回「なぜ家に洗濯機があるのに遠くまで行かなくちゃいけないの?」と思ったりしたランドリー通いも、最後と思うとまた切なくなった。結局今日は満足行くような密度の濃い話は出来ずに終わった気がする。なんかちょっと悔しかったけれど、でも、結局他愛無い話をできる事自体が本当に貴重なことなんだろうと思った。
今日は、意外と普通に過ごしてしまった。でも、かみ締めるようにいろいろな事を思い出しながら過ごすことが出来て良かった。

2/12(月)
今日は、会社に行かなくても良かったのだけれど、適当に朝早めに起きて食事をしてからマザーと明後日もう帰国になってしまうことについて少し話をしたりしてから身支度をして、Mに携帯で連絡をしてみた。というのも、Mとは帰国前に食事に行く約束をしていたからだ。今度の3月上旬にMが事業拡大のために留学業界の会社が集まるミーティングに参加するために数日日本に行く予定になっているので、その時に会って時間が出来たら観光でも出来れば嬉しいと言っていたのだ。
ただ、出来ればLもKも一緒に食事に行きたいと思ったので(Kも出来れば参加したいと言っていたので)、その事をMに話してみたら、Mは夜については会社から離れた所に住んでいることもあり食事に出られないとのことで、LとKとはM抜きで夕食に行ったらどうかと言ってくれた。ということで、Mとは昼食を食べに行く約束をして正午頃にオフィスに行ってからどこかに食事に行くことにした。それから、少し雑用をして会社に行った。
オフィスにはもう行かないと思っていたので、なんだかまた行けることが少し嬉しかった。それに、Mとも2週間ぶりくらいではあるけれど会うことが出来て良かった。Mの仕事が落ち着くまで20分位元の自分の席でメールチェックをしたりLに今日の夕食のお誘いメールを出したりして時間を潰してから、今日は自分が行ったことがないレストラン(Maria Calendar )に行った。そこでサンドウィッチ(自分はハム・チーズメルト<ハムとチーズを挟んだホットサンド>)を頼んで食べた。これまたボリュームたっぷりでポテトもドッサリ乗っていたのだけれど、味は美味しくて結局食べてしまった。食事をしながら、Mと自分のシアトルの話やMが行ったセントルイスの話をしたり、Mが今度日本に行った時に1日フリーの日があり、その日をどうやって過ごすかを話したりした。その時に、Mが前に同じようなミーティングのため日本に行った時に連れて行ってもらった日本食レストランで刺身魚がピクピク動いていてほとんどの物を食べられなかった散々だった話(日本人にとっては新鮮で良いことなんだけど)を聞いたりした。仕事を離れたMは、LA以外では生きられない暖かい所が大好きなオバちゃんで、楽しかった。
Mとの食事が終わってからオフィスに戻り、今度Mがウェブ作成サイトでしようとしている会社のホームページ作成/管理について、いくつかの候補からどの作成サイトが良いかの意見を求められたので確認してから、日本での再会を約束して別れた。
その後、もう本当に迫ってきた帰国にあたり、いろいろとお世話になっている人達や友人へのお土産を買いにサンタモニカビーチに行った。その時点で時間が午後4時頃になってしまい、あんまり時間がないと思いながらビーチに着いたら、見慣れた海沿いの景色を見てしまい、思わず立ち止まって見入ってしまった。もうこの景色を見に来ることが出来ないことを考えると本当に切ない気持ちになってしまった。出来るだけ目に焼き付けてから、お土産を買いに行った。いざ土産を見だすと本当に感じたのだけれど、サンタモニカは観光地としては地味な所のようで、お土産屋っぽい所があまりないことに気がついた。結局ウロウロと歩き辺りが暗くなりかけた頃にピア(桟橋)遊園地に隣接した所でいくつか買ったらもう気分がめげてしまい、最終日だけど明日また来ることにして家に帰ることにした。
ステイ先に着いたら、この間バーベキューに招待してくれた甥っ子が来ていたので、帰国前の挨拶をした。おそらく会うことは出来ないと思っていたので電話をしようと思っていたので、直接会うことが出来て本当に良かった。ただ、彼は今日学生君と会う目的のために来ていたようなのだけど、当の学生君は図書館に行っていたらしく会うことが出来ず若干不機嫌な感じで帰って行った。
彼が帰り、マザーが仕事から帰ってきて、食事をしてから帰国間近で次男の友人で家に来るたびにいろいろと話をしたドイツ人に連絡をしてもらった。彼は、自分よりも1日早い明日にドイツに一時帰国するので今日会っておかないとお別れを言えなかったのだ。彼に次男から連絡をしてもらい、ドイツ人が酒を飲んでいる店まで次男と学生君と行き少し店から出てきてもらって10分位お別れの挨拶とお礼を言うことが出来た。少々酔っぱらっていたけれど、直接挨拶が出来たのは嬉しかった。もしLAに戻ることがあったら連絡するようにと言ってもらい別れて帰ってきた。
今日は、盛りだくさんに様々な事をやり、結構忙しかった日になった。

2/13(火)
今日は、本当にLA滞在最終日だ。シアトルに行く前の自分の中での勝手な予定では、今日は予備日というか用事が特別になくなり荷造りをしてから、心残りの事を余裕を持って行い、マザーともいろいろと話をしようなんて思っていた。
でも、実際は、朝から結構予定が詰まってしまった。朝も会社に行く時くらいの時刻に起きて、午前10時頃から荷造りを開始して、見るからに量が増えてしまった荷物を詰めるのに苦労をして、今日は電話に起こされてしまい3時間位しか寝ていない学生君と途中くだらない話をしたりしながら12時30分過ぎまで悪戦苦闘して、その後いつもより少し念入りに6ヶ月半使わせてもらった部屋を掃除して午後2時30分過ぎになってマザーが作ってくれたサンドイッチを昼食として食べた。
その後、昨日気分が滅入って買えなかった日本へのお土産を買うためにサンタモニカに出かけた。サンタモニカの街はいつもと変わらない感じだけど、さすがに冬で観光シーズンではないので、人がそれほどたくさんはいなかった。どこかにお土産になる物を売っている場所はないものか、とキョロキョロしながら歩いて見て廻り昨日行ったピアの近くの小さくて地味なお土産ショップに入って見てみた。このショップに置いてあったのはTシャツがほとんどで、その他の物はほぼ置いていなかった。少し見たのだけれど、なんだかピンと来る物がなかったので、また来るかもしれない旨伝えて他の所を探してさまよってみた。そして、1件さっきよりはお土産屋っぽい所を見つけたので入ってみたら、軽いお土産の定番のマグネットや額、それからTシャツなどが並んでいた。そして、お店の人が英語で「日本人はよく来るよ。ディスカウントするよ。」というような事を言ってきてアレコレと商品の説明をしてくれた(あまり必要なかったのだけど)。そのため、ここで結構たくさん細かいお土産を買って、ディスカウントをお願いして合計金額から少しまけてもらった。その後、とりあえず歩きつかれたのもあり、サンタモニカプレイスというショッピングモールの中にあるベンチに座ってしばし休憩して他に買う人を確認してから、そのモールをウロウロしてみて、またいくつか細かいお土産を手に入れた。お土産と言えば食べ物が必要なんだけど、お菓子とかチョコレートとか置いている店を知らなかったし、結構夕方になっていてその後予定があったので、食べ物の土産は空港で買うことにした。
実は、今日は昨日都合がつかなくて会えなかった会社のLに最後に会うことになっていた。そのため昨日に続き今日もオフィスに行くことになった。そのため、バスを待つためにバス停に向かったのだけれど、その途中でビーチが見えてしまったのだ。そうなると、“今日が最後だから”という気持ちが沸きあがり、ほんの少しだけ道路沿いからビーチを眺めてしまった。いつもの風景なのに、見るのが最後と思うと本当に貴重に感じてしまい、瞬きするのがもったいない気持ちにさえなった。そして、目と頭にビーチの夕景を焼き付けて切ない気持ちを「よし」と気合を入れてふっきりバス停に向かった。この風景は何度も見に来て仕事やホームステイでめげた気分の時に精神的に助けられたので、本当に感謝している。いつかまたこの風景を見られるといいな、と強く思った。
こんな感傷的な気分で、いつも通り遅れたバスに乗って、オフィスに行った。オフィスに着いたらLとLの姪っ子さんと姪っ子さんの犬(シーズー)が迎えてくれた。なんだか今日は自分が来る前に姪っ子さんとの用事を済ませたようで、ネットを見られることもあり一緒に来たようだった。Lとシアトルの話や仕事の事を話し、Lが仕事を終えるのを待ってから、姪っ子さんにLと自分が入った写真を撮ってもらった。前回Kの会社最終日には自分は写真に納まることができなかったので、たまたま撮ってもらえる人がいて大変ありがたかった。いい思い出になった。その後、姪っ子さんは自分の車(レンタカー)で泊まっている家に帰り、Lが、最後でもあるからと車でステイ先まで送ってくれた。車の中では取り留めのない話をして、家に着いたら、お互い本当に最後だったので「本当に会えてよかった。またきっと会えるよね。」と言い合ってから、I miss you(あなたがいなくなることが寂しい)を何度か言い合ってからLは帰っていった。Lには、精神的に本当に助けられたので感謝している。またいつかきっとLと会えると信じるようにして、家のドアを開けた。
家は、特に変わった様子はなかった。いつも通りマザーが食事を作っていた。そして、食事が出来ると学生君と自分の名前が呼ばれてダイニングに行き、今日は自分がステイ先で食べる最後の夕食だからということで、長男の希望で長男と学生君と自分の3人で一緒に食事をした。そこでは、マザーの食事の事や、自分が家にいる犬に癒された事、そして自分が未だに帰国することが信じられない事などを話して盛り上がった。食事が終わりかけた時に次男が加わり、NBL(バスケットボール)の試合のテレビ観戦をした。やっぱりLAの地元チームであるLA Lakersの試合だったので、盛り上がって皆で観てしまった。自分も最後の日だしLakersに勝ってほしかったのだけれど、結局負けてしまった。本当に残念だったけれど、皆で最後に盛り上がれてよかった。
テレビ観戦が終わり、各自別の事をやりだしたのだけれど、その時に今日は最終日でもあるので、一人ひとりと一緒に写真を撮ってもらった。こんな事をやり「あ~やっぱり帰るんだ」と実感してしまった。皆いつも通りいい笑顔で写っていた。
とうとう最終日の夜で、それからシャワーを浴びて、念のため飛行機に乗る時に必要な物を再確認して、カバンに入れ忘れた荷物はないかを確認してから一応布団をかぶった。でも、寝るともう次の朝になり本当に帰国することになるので、なかなか寝ようという気分になれなかった。それで、ブログのアップデートの記事を少し書いてみたり、本を開いてみたりして本当に眠くなるまで頑張って、結局午前1時半頃に目をつぶった。
今日は、とにかく何についてもいろいろと思いが巡り、感傷的になった日だった。とうとう、明日日本に帰らなくてはいけない。う~ん、辛いな~。

2/14(水)
とうとう本当に今日は帰国する日になってしまった。朝も目覚ましを午前7時頃にセットしたのだけど、自然とその少し前に目が覚めて自分が帰国を意識していることを朝から実感してしまった。キッチンにいつも通りに行ったら、マザーがもうカレンダーの袋詰めと封印をしていた。驚いて、こんな時間から何故やっているのか聞いてみたら、今日の午前9時までに郵便局に持っていかないといけないのでやらなくてはいけないとのことだった。少し手伝うことを伝えたのだけれど、頑なに断られ結局パタパタと封筒に糊付けするマザーの横で最後の朝食のトーストを食べてしまった。それから、次男が会社に行くとのことでお世話になった事のお礼を言ってハグをしあって、会社に行くのを見送ってからマザーに落ち着いてお礼を言おうと思ったら、マザーは「郵便局に行かなくちゃ行けないの」と言って急ぎぎみに車に出来た封筒を入れて出かけそうになってしまった。自分が家を出る時に戻ってきそうか聞いたら、難しいかもしれないとのことでの車のドアを開けた急いだ状態でお互い落ち着かない感じでお礼を言って足早に郵便局に行ってしまった。本来ならば一番ちゃんとお礼を言わなくてはいけない人だったので、予想外の展開に「こんな感じでいいのか!」と狐につままれたような妙な気分になってしまった。その後長男が仕事に行くとのことで、いろいろとお世話になったお礼を言わせてもらいハグをしあって見送った。それから、マザーをバスの時間を考えてギリギリの時間の午前9時頃まで待っていたのだけど来なかったので、いつも通り朝方まで自分の作業をしていた学生君を(頼まれていたように)起こして、たくさんお礼を言って彼だけに見送ってもらい重い荷物を持って空港行きのバスが走っているバス停に歩いていった。そうしたら、最後の最後でまたバスのタイミングを逃し、ギリギリのところで予定していたバスに乗り損ねてしまった。もう結構唖然としてバスを待ち、運よく15分ほどで来た次のバスで空港に向かった。
空港に着いた時点で予定フライト時刻の1時間50分前頃になり乗る予定のアメリカン航空チェックインカウンターに行ったら、東京行きの便待ちが何故か専用に長蛇の列を作っていてすごい人がいてターミナルの外にまで及んで列を作っていた。これだけEチケットが普及しだしているのに、アメリカン航空は自動チェックインカウンターがなく更にカウンターはあるのに係員が少なくて立ち往生していたのだ。更には、預けた荷物はカウンターの後ろのベルトに載せて飛行機まで持っていくのだけど、そのベルトが故障したとかでよりチェックインを遅くしていた。結局待ちに待って予定の30分前くらいになって自分はチェックインが完了した。(あまりに長く待っていたので、マザーに改めて電話でちゃんと今までのお礼をして状況報告などをして少し話し込んでしまった。マザーによれば、もっと自分との時間をシアトルから帰ってきてから作りたかったらしく3日間あまり出かけずにいたのだけど自分がいろいろと外出してしまい話が出来なくて残念だった、とのことだった。それに加えて今日の朝の状況だったので、お互い少し悔いが残ってしまった。そして、マザーに申し訳ないことをした気分になってしまった。結局またLAに戻ってこい、と言ってもらい電話を切った。)それから、自分で荷物をX線にかける機械に持って行きセキュリティの所に行った。その時点で気分は随分焦っていた。で、ふと搭乗券をみたら、出発時刻が30分ほど遅くなっていたのだ。おそらく、自分の後にも結構たくさんの人がチェックインを待っていたので定刻出発を諦めたのだと思う。それを見てやっと気分を少し落ち着けることが出来て、セキュリティを通り、買いそびれていたお土産をいくつか買いトイレにも行って落ち着いたのが午後2時頃で実際の出発時刻の午後2時20分の結構直前になってしまった。正直なところ、もっと帰国にあたり感傷的になり切なくなることを予想していたので、この自分の予測にはなかった展開に飛行機を待ちながら椅子に座りあっけに取られてしまった。
気分が落ち着いてきてから、マザーに無事に帰国便に乗れる事の報告と最後のちゃんとしたお礼の連絡をして、本当に帰国をすることになった。
飛行機で約11時間の旅になる。今、その飛行機の中で今日の分を書いている。最後でこんな事になるとは予測していなかったけれど、今回の滞在の盛りだくさんの経験の締めくくりとしては“それらしい”感じとなった。考えてみると、今回の6ヶ月半のLA滞在では様々な事を体験させてもらった。今でも頭に残っている事が多くて、それだけ充実していたのかもしれない。本当に帰国してしまうことが悲しいのだけれども、自分の次のステップへの何かの良いキッカケになったことは確かだ。これからの自分の人生について、一旦日本に戻ってちゃんと考えてみようと思う。どうなるかは、現状“神のみぞ知る”のだけど、新たな自分の将来がなんとなく楽しみな気がする。そう思う事が出来ているので、今回のインターンシップのLA滞在は自分にとっては成功だったと思う。最後に自分がお世話になった日本の家族や親戚の人達や友人達、それからLAの家族や友人達に感謝したいと思う。自分は幸せ物だ、これはよく感じた事だった。これからまたこの貴重な生活体験を生かして頑張るぞー!と意気込んで帰国したいと思う。


今週はシアトル滞在です。

今週は、シアトルに友人を訪ねて1週間の滞在で来ています。
今回は、PC持参で来たので、カフェで無料インターネットにつないでいます。
ラスベガス・サンフランシスコに続き、また長~い旅行記を書いていますが、
それはまだまだ先の話になりそうです。
せっかく夜にでも書こうと思っていたのですが、食事をして帰ってくると
なんだか疲れてしまい、宿泊場所のケーブルテレビをダラダラと観て
そのうち眠くなって寝るパターンが続いています。
どうしても、急いで書かなくてはいけないわけではないのでいいのですが、
後が溜まってしまうので、ちょっと大変そうです。

シアトルはそれほど大きくない良い街です。
今は冬で雨季なので、毎日のように雨か霧が歓迎してくれますが、
思ったほど寒くなく、0℃~10℃をうろうろしている感じです。
どことなくのんびりした雰囲気があるのだけど、人は几帳面です。
バスもツアーも時間に正確で、たまに早く来るほどです。
スターバックス発祥の地でも知られるとおりカフェがやたらと
たくさんあり、毎日お世話になっています。
自然を堪能するには、冬は厳しいですが、それでも日本とは違い
整備された公園などでキレイな芝生が見られます。
今度もしも来ることが出来るならば、春から夏にかけての時期に
来てみたいと思いました。

そんなシアトル滞在も明日で終わり、LAに帰ります。
そして、3日後にLAから日本に飛ぶことになります。
それを考えると悲しくなりますが、この残り少ない時間を
出来るだけ満喫していかなくては!!


区切りの週でした。

今週は、とうとう今回のインターンシップのある意味大きな区切りの週になりました。
でも、すごく忙しかった~。
忙しくない方は、どうぞ。

1/26(金)
今日は、いつも通り英語学校に行き、その後仕事に行った。
行く前は、「とりあえず今日は仮登録になっているウェブページを調整して、その後これからのためにウェルカムパケットの下準備をしたセットのストックを作り、あとはシュレッダーかけでもやろうかな」なんて軽い気持ちで行ったのだ。でも、実際に行ってみたら、Eメールが学生からやらMからやら色々と来ていて、Mからの指示もばんばん来ていた。正直なところ、こんなにガンガン仕事をやる気分では来ていなかったので、驚くと共に気分を高めるのに時間がかかってしまった。でも、とりあえず見てしまったからにはやるしかないので、Mから指示を受けていた物からだんだん片付けていき、結局2件の学生の申込みのホスト確定連絡と、今日になり来た1件の学生の申込みの処理、それから、期間延長処理の下準備をやった。なんか時間は短かったのだけれど、月曜から木曜までと変わらない仕事をしてしまった。でも、このブログのアップデートも忘れてはならんと思いちゃっかり会社でやってしまった。
今日は仕事を終えた後に久しぶりにKと会い、夕食を食べに行った。自分が日本に帰る前に1度は夕食を食べに行こうと言っていて、お互いの仕事の都合を合わせて今日に決めたのだ。そして、今回はKのトルコ人のボーイフレンドも一緒に食べに行った。Kの彼氏の事は会社で一緒に働いている時に聞いていたので会ってみたい気はしていたのだけれど、実際に会ってみて、なかなか陽気なナイスガイだった。行った場所はサンタモニカから少し陸側に上がったブレンドウッドという所で(‘超’ではないけれど)お金持ちが住む地域だった。その中で、以前Kがホームステイしていた時のホストの家の近くにある、こ洒落た「17th Cafe」という名前のイタリアンレストランでたまにハリウッドスターも訪れる所だった。そこで、KとKのボーイフレンドと結構くだらない話やら会社の事やらを英語と日本語を適度に使いながら話をした。食べた物もなかなか美味しかった。自分はサーモンがパスタの上に乗った料理を食べたのだけど、やはりファミレスとは違い手作りって感じで上品でしつこくない味だった。でも、どういうわけか量が多くて、仕事をしてほとんど動いていなかった体には多すぎる量だった。それでいて、お腹いっぱいになったのに、デザートをまた食べてしまった。自分はティラミスを食べたのだけれど、これまたどういうわけか大きすぎて食べきれなかった。でもこれまた上品で甘ったるくなくて美味だった。店の雰囲気も明るすぎず暗すぎず、大人っぽすぎず片意地張らない感じが居心地良かった。その後、Kが車でステイ先まで送ってくれて再会を約束して分かれた。(きっとKとはまた帰国前にKもLも含めて会うと思う)
そんな感じで、今日は仕事は疲れたのだけれど、夜飯は本当に楽しく過ごすことが出来た日になった。

1/27(土)-その1
今日は、「LAに来たら行っておかなくてはいかん」と思っていたのだけれど1人ではちょっと行く気になれなかったユニバーサル・スタジオ・ハリウッドに行ってきた。実は、帰国が迫ってきて誰か一緒に行く人を探していて、この間会った長男の友人の弟(日本語を独学で勉強している18歳の少年)を誘ってみたら、行ったことがないとのことで一緒に行ことになり、ラスベガスでエアロスミスのコンサートに一緒に行った長男の友人2人も含め4人で行ってきた。
まずは、ダウンタウンのユニオンステーションに午前9時30分に待ち合わせということで行き、15分程遅れて3人が車でやってきて、その車でユニバーサルスタジオに行った。
ユニバーサルスタジオに着いたのが午前10時15分位で、その時には若干曇り気味の感じではあったものの、寒くもなく悪くない天気だった。正面玄関前の’Universal Studio Hollywood’という看板を見て「おーとうとう来られた。」と感動しながら1日券を買い中に入った。
そして、真っ先にスタジオツアーに乗りに行った。スタジオツアーというのは、この場所が実際にユニバーサル映画の撮影場所として使われていて、そのセットを潜り抜けるようにしてシャトル(車)に乗ってユニバーサルピクチャーの有名な映画(バックトゥーザフューチャー、サイコ、ジョーズなど)の実際のロケ場所を見学するアトラクションだった。有名な映画のシーンをシャトルの小さなモニターで見ながら実際のロケ現場を見せてくれたり、実際に使われた小道具をこのツアーのために動かして見せてくれたり、火や水を大量に活用して面白おかしく演出がされていて、さすがに面白かった。その中で自分が一番印象に残ったのは、映画の名前を度忘れしてしまったのだけれど、飛行機が墜落して車や家が踏み倒されてしまっている所の撮影現場の横を通る所があって、実際の飛行機を撮影用に壊してセットとして使っていて、その大きさと迫力に驚きと少し感動を覚えてしまった。
それからは、メジャーなアトラクションでとにかく入れそうな所を探して入ってみることになった。まずはジュラシックパークに行った。これは、水の中を乗り物が動いていき最後に猛スピードで坂を降りて、水をドッサリ浴びてびしょ濡れになるというウォーターライドだった。ドキドキしながら坂をカタカタと音をたてて上がって行き、恐竜の世界に入り込んでいった。そこでは、大きな恐竜や小さな恐竜がライドに乗っている人に水をかけてくるようなイタヅラをされたりした。そして、その後どんな事が起きるのかと思いきや、建物の中に入りジュラシックパークの映画と同様に恐竜に現代の乗り物が荒らされていく場面が再現されていて、その後少し坂を急に降りて、それから急角度に曲がってドーッとあのムズムズして耐え難い感覚を体に感じながらすごいスピードで急坂を降りた。自分はこういうのは得意ではないので、降りている時には前を見る余裕なんてなく何も分からないまま水がザブーンと頭からかぶり服がびしょびしょになった。そして、このアトラクションはおしまいになった。なんか短くて物足りない感じがした。
その後、そこからそれほど歩かずに行けるバックドラフトのアトラクションに行った。これは消防士の火と戦う姿を印象的に描いた映画と同じような体験が出来るように作られた物で、映像で実際の役者が映像の中で案内をしてくれるものだった。2つの部屋で映像や実際の火を使って面白い火の動きなどが再現されていた。そして、次の部屋で実際にすごい量の火が爆発したりドラム缶がいくつも倒れたりして、熱とオイルの匂いと音がすごい迫力の所(工場のような設定)を見学。でも、それからどうなるのかなと思ったら終了となってしまった。
この辺で昼飯も兼ねて一休みすることになり、4人でピザやパスタを食べた。味は良くある感じのものだけれど、なんだか美味しいのが不思議なところだった。この頃になって雨がポツポツと降り出してきた。明らかに雨って感じだったのだけれど、こちらの人は全然お構いなしで濡れて歩いていた。自分達も誰も傘を持っていなかったこともあり、ジュラシックパークで濡れた服が乾かないまましっとりしてきた。
この後、バックトゥーザフューチャーのアトラクションではタイムとラベルするデロリアンという車を模した席に座り、目の前の映像とそれに伴う振動や車体の傾きでいかにも飛んでいるような感じを表現していた。映画の中の悪党のビフがデロリアンを盗みタイムトラベルしてしまい、それを席に座った観客が追いかけるという設定の元、未来の世界の空を微妙な高さで飛んだり、恐竜の時期の空を上下運動を含めて飛んだりして正に疑似体験してしまった。これは、時間的にはそんなに長くなかったけれど、なんだか車酔いではないけれど、胃が気持ち悪くなる感じがしたので、時間的には満足いった。
次にターミネーター2:3Dというアトラクションに行こうとしたのだけれど、何故か並んで待っていたら、自分達の時間はショーがキャンセルになり次が1時間半位後の時間になってしまうことが分かり、時間ももったいないので別のアトラクションに行くことにした。何かないかと探していたら、直ぐに入れそうなものとしてシュレック4Dというのがあった。なのでフラッと入ってしまった。これは3Dメガネをかけて画面から飛び出す映画を観るもので確かに子供が喜びそうな感じのものだった。元がアニメーション映画で、自分は観たことがなかったのでよく分からないけれど、映画とつながって話が進んでいったみたいだった。でも、このアトラクションは面白かった事が1点あった。映像に合わせて席が揺れたり唾や水が映像に合わせてお客の顔にかかったりして、これは臨場感があった。
このアトラクションが終わって、少しお土産ショップで時間をつぶして、今度こそターミネーターを観に行った。これは、自分達お客が機械の征服する世界(スカイネット)を作るための人間排除の罠にはまりそうになり、それを映画の主人公達が守ってくれるという物で、3D映像とそれに上手く合わせて出てくる役者の演技とを組み合わせた物だったのだけれど、自分はそれほど面白く感じなかった。途中で暗い所で座っていたのでほんの一瞬だと思うけれど寝てしまった。
この時点で自分はまだまだ楽しんでいたのだけれど、他の3人は少し疲れ気味だった。それに雨も降っていたので、もう帰りたそうだった。でも自分は今回を逃すとなかなか次の機会がないので、最後に人気アトラクションのウォーターワールドという物を観に行きたいと言ってしまった。それで、そのアトラクションが始まる時間まで、夕方になり冷たくなった雨の中1時間近く雨宿りをしながら待った。このアトラクションは室外で映画と同じように水に浮く要塞を実際に作ってあり、そこで行われるウォーターショーだった。他のアトラクションとは違い、室外で行われるので天候の影響を受けてキャンセルになるかもしれないというアナウンスが流れたりしながら、結局雨が降る中で予定通り行われることになった。これは、セットやアクションや火炎なんかはすごかったのだけれど、役者の人達は意外とお粗末で“おいおい”と突っ込みたくなるような感じだった。
このアトラクションが終わった時には閉館直前だったし雨に塗れ皆気分が滅入っていたのでお開きということで、帰ることになった。この後自分は学生君やステイ先の次男やその友人達とビリヤードに行くことになっていたので待ち合わせをしたユニオンステーションまで車で連れて行ってもらい分かれた。
ユニバーサルスタジオはLAにいる間にすごく行きたい場所の1つだったので、すごく期待をしていったのだけれど、期待が大きすぎたのか、個々のアトラクションの時間が短くてなんだか物足りない気分が残ってしまった。でも、スタジオツアーはすごく興味深くて楽しかったし、ユニバーサルスタジオ自体は、園内を歩くだけでも楽しい場所かな、と思った。きっと今日は雨が降ってきたので、なんかテンションが下がってしまったのかもしれない。

1/27(土)-その2
ユニバーサルスタジオで最後のアトラクションのウォーターワールドを待っていた時に携帯電話が鳴り、出てみたら学生君からで、今日の夜に次男・その友達・学生君・その友達(皆自分も知り合い)とでビリヤードをしに行こうとの誘いだった。これを逃すと行く機会がほとんどないと思い、一緒に連れて行ってもらうことにした。ユニバーサルスタジオからステイ先に戻り、夕食を食べて少しゆっくりして、夜10時過ぎから次男が知っているプールバーに行った。その場所はわりとカジュアルな感じで、結構たくさん台が置いてあり、土曜日の夜ということもあり全台が使用中で約1時間程隣接しているバーのような所の椅子に座って待ち、ビリヤードを開始した。自分は日本ではビリヤードはやったことはあったのだけれど、今回やったゲームはまた違う種類のもので、最初はルールが分からずに苦労したのと、なんか勘のようなものが昔のように戻らず失敗ばかりを連発した。5人で1台を共有したので2対2で対戦して1人は休みということでやったので、休みを取り他の人のやるのを見たり、デジカメを持っていっていて学生君が撮っていたのだけれど休みの時は自分も撮ったりした。そんな事をして、時間的に終盤になってきて自分も昔の勘が戻りまともに楽しめるようになってきたところで終了となってしまった。学生君や次男はもちろんだけれど、各友人達も、たまたまステイ先にいたというだけで全然知り合いでもないのに仲良くしてくれて本当にいい人達なのだ。そんな人達と一緒に遊びに行くことが出来てよかった。もっと長い間LAに滞在できたらもっともっといろんな所に一緒に行けたかもしれないと思うと残念な気がしてならなかった。
ビリヤードを終了したのが夜12時半頃で、その後何か食べに行くか、と学生君と友人達が言っていたのだけれど、腹も減っていなくてユニバーサルスタジオに行って疲れていたこともあり次男が帰るというので一緒に帰ってきた。
ユニバーサルスタジオに続き、スッキリと調子よくビリヤードを楽しめたわけではないけれど、楽しく過ごすことが出来てよかった。

1/28(日)
今日は、英語学校に一緒に行く時があるマザーの甥っ子が、自分が帰国してしまうのでその前に家に招待して食事をしたいと言ってくれてご馳走になりに行ってきた。
ただその前に、いつも通りランドリーに洗濯に行ってきた。今日は学生君も一緒にその食事に行くことになっていたので、本当はいつも学校の課題を夜中から朝にかけてやっているので午前中に起きて洗濯に行くことはしない学生君も頑張って起きて一緒にランドリーに行った。今日は出かけるのでデジカメをそのままカバンに入れてランドリーにも行ったら、学生君が自分のデジカメでいろいろと写真を取りだした。彼はいろんな事に細かくウンチクを話すので、いろいろと解説をしながらパチリパチリと撮影していた。洗濯が終わりステイ先に歩いて帰る時にも「この道のポールの並び方は面白い」とか「あそこの歩道の木の形や木肌の感じは撮っておかなくちゃ」とか言いながら撮っていた。そんな事を話しながら、途中で今日招待されたお返しでワインと花を買ってステイ先に帰った。
それから、甥っ子と待ち合わせた午後2時頃まで20位適当に過ごして、迎えに来てくれた車に乗って出かけた。甥っ子の家は去年結婚したのだけれど、奥さんが家をキレイにしていて片付いていた。時間が中途半端なこともあり、ほうれん草とチーズを春巻きの皮みたいな物で包んである“おつまみ”的な食べ物を出してくれて、それを頂きながらその家の(アパートの1階なのだけど)結構立派な庭のような場所で今日の夕食のでかい骨付き羊肉を焼きだした。そして、その肉を焼きながら、くだらない話をして楽しんだり、自分が持っていったデジカメを使って学生君がまたパチリパチリと写真撮影をしたりして楽しんだりした。そんな事をやっていると、甥っ子の奥さんの連れ子が仕事から帰ってきて、彼も加わりまた話に花が咲いて盛り上がったりした。その頃には飲める人は飲みだしていて結構饒舌になってきていた。ひと盛り上がりした後に肉も焼け、夕食ということになった。その頃には奥さんの友人の人も加わり総勢10名での食事となった。肉はいい感じに焼けていて美味しかった。でも、やはりでかかった。なのに、他の鶏肉も食べろと皿に載せてくれ、レタスとタマネギのサラダやポテトサラダやアボガドや溶かしたチーズと混ぜたもち米のようなご飯も食べるように薦めてくれて、少しずつ取りいただいた。どの食べ物も、濃すぎるというかきつい味の物はなかったので美味しかった。でもなにせ肉が大きくて、結構頑張って食べてしまった。そしたら、今度は余っているチョリソー(スパイスが少し利いている大きなソーセージ)を食べろと言われ、元の半分に切ってもらいいただいた。もう腹はきつい状態でフーっと腹を触るような状態になったところで、やっぱりデザートとか言ってパイが出てきた。だんだんこちらの食事に慣れてきて、このデザートはお腹いっぱいなのに食べられてしまうのだ。
そんな事で、食事を堪能してからタバコを吸う人が庭に出て行く時に一緒に庭で一休みしながらたわいもない話をした。自分はタバコを吸わないのでただ座って話をしていたのだけど、まただんだんと盛り上がってきて、夜になってきたからか、このブログでは書けないような大人っぽい話もいろいろとしたりした。この手の話っていうのはやっぱり皆興味がありどんどん盛り上がって話が絶えなくて面白かった。大人っぽい話だけではなく何カ国か違う国の人が集まったので様々国による違いなんかの話もしたりして、2-3時間して家の中に入り、時間をみたら午後10時30位になっていてお開きということになった。
今日は、日曜日にしては、内容が濃くて楽しい1日となった。

1/29(月)
今日は、仕事が無駄に慌しい日だった。Mがいなかったので、1人で何でもやらなくてはいけなかったので、全然予定通りにはいかなくなってしまった。やった事を考えてみると大したことはやっていないのだけれど、なんだかいちいち何か作業をしようとすると電話が鳴って邪魔が入ったりして、その作業が進まなくなってしまった。それでイライラしてきて自滅していろいろ用意してから書類の細かい所のミスに気付く有様で、頭に血が上っていく感じだったのだけれど、外に気分転換に行くほど余裕がなかった。それに加え1つの作業をやっている途中に電話やらEメールやらでまた新しい作業が発生してしまうような状態で、やってもやっても夕方になるまであまりやらなくてはいけない作業が進まなくて、時計を見るたびに「おーもうこんな時間になっちゃったよ。」となんか失望感と劣等感が混じったような気分になってしまった。
やった事を考えてみると、3件程期間延長の連絡作業をして、2件程期間延長の支払い手続きをして、ホームステイ申込みの対応作業を3件程やり、あとは聞き分けのない電話を受けその対応をしたりした。1つの電話では、申込みに関してこの会社の決まりごとを説明しても「そんなのおかしい」とか言って話を繰り返してきたり、質問が学生から来てそれに対して返信をしたら、更に理屈っぽい質問をしてくる学生がいたり、もうだんだん対応するのが嫌になってきてしまった。
今日は、そんな感じで、効率悪い感じにいろんな事をやらなくてはならなくなり、体というより精神的に疲れてしまった日になった。やっぱりこの会社も出来るだけ同じ時間帯に2人は作業をする人がいた方が良いのだと思ってしまった。

1/30(火)
今日は、昨日に比べると仕事は落ち着いていた。昨日はなんだか慌しくて仕事を終える時に学生のファイルを整理しないで自分の机に置いてあったので、まずそれを整理してMへの報告を兼ねて作っているファイルに追加していった。それから、Eメールを見て返信をした方が良いものについていくつか返信をした。その後、昨日やるつもりでいながら結局やらずに今日に回した2人の学生の期間延長の手続きをやった。この時点で「お~今日は昨日に比べて順調だぞ。」とつい独り言を言いながら、次に日本語の情報ウェブサイトに掲載する内容を確認して、どうもキレイに画面に表示されない会社の地図について、アレコレと試してみたり、案内文を読み返してみておかしい文章を削ったり逆に必要と思われる部分を追加したりした。この後、結構学生がウチの会社のホームステイを利用してくれている学校に送る申込み用紙のセットを用意して送付手続きをして終了となった。
ウェブサイトの地図の表示が上手くいかずに「なんとかならないのかな~。」と少しイライラしだしたところで、突然学生っぽい女の子がオフィスに入ってきた。今日来る予定の学生なんていなかったから、誰か聞いたら、昨日電話で話をして聞き分けのない事を言っていた学生の1人だったのだ。オフィスに来ればなんとかしてくれるとでも勝手に思ったのか、アポなしで来てみたようだった。話を一応聞いてみたら、この学生は去年5ヶ月ほどウチの会社でホームステイして、学校からすごく近い所で友人とルームシェアをするために契約を解除しのだけれど、食事を用意するのがもう嫌になり学校からすごく近い家でホームステイを再開したいと言いだしたのだ。なぜ近い所にこだわるのか聞いたら、朝のクラスが8時から始まる時があり早く起きたくないからとのことだった。正直なところ呆れてしまったのだけれど、とりあえず、全額関連料金を支払ってくれれば探してみることは出来るけれど保障は出来ない旨を伝えたら、なんやかやと細かい事を言いながらダラダラと粘ってきた。だんだんこっちも嫌気がさしてきて、「何度も言っている通り探してみることは出来るけど保障は出来ない状態で、あとはあなたが決めなくてはいけないんだよ。」と言って早く帰るように促してしまった。結局彼女は思い通りにはいかずに帰っていった。MやKがいれば彼女達と話をしてなんとかなるかもしれないけれど、自分では現状どうにも出来ないのでしょうがない。この学生のために30分位時間を要してしまい、「勘弁してくれよ」と思ってしまった。
今日はせっかく調子よく行っていた日だったのに、わがまま学生のお陰で台無しにされてしまった日となった。

1/31(水)
今日は、仕事は余分な仕事がたくさん出来て大変というわけではなかったのだけれど、先週や今週から引きずっていた処理がここに来て浮き上がってきて、結局いろんな事をやることになってしまった。
まず、今日はMから絶対忘れないように言われていたホストファミリーへのチェック送付作業を行った。それがひと段落着いて、一応MがEメールを見ている時があるので報告だけ入れてから、今度はEメールチェックをして、対応すべき用件について対応した。それをやりながらウェルカムパケットを2人の学生分作ったり、先週から支払いのクレジットカードが支払い不能になり使えるカードを探していた学生の支払いがやっと出来て期間延長の処理をしたりした。それから、1人の学生の最終的なステイ先決定連絡のEメールを出したりした。そして、最後に今月ポツポツとやっていた日本語のWebサイトに会社の紹介をするページ作りを一般公開できる状態にした。自分で作るホームページと違い、フォーマットが決まっていてその中でいろいろと細工をすることになったので、上手くいかない部分があり、気に入らない所が出来たのだけれど、現状はより良くするのは難しかったので諦めて、一般公開に踏み切った。それにより、今までよりもウチの会社が日本人の目に触れる機会が増えることになった。これを機会にして少しでも申込みをする学生が増えれば良いな、と思ってしまった。あと、気に入らない部分は、Web上の事なので、自分が日本に帰国してからアップデートしようと思う。
今日は、こんな感じで、いろんな事をやり結局疲れてしまった日だった。1人で朝から午後4時半位まで全ての対応をするのは、やっぱり大変だな~。

2/1(木)
今日は、インターンとして会社で働く最終日のはずだった。予定では今日が最終日で、自分の気持ちの中でも「今日で最終日だ」と会社に行く時から感傷的になりながら行ったのだ。でも、会社に行って間もなく電話がなり、一気に感傷的な気分から現実に引き戻されてしまった。その電話は、今日ホームステイ開始の学生の兄貴からで、その学生はホストの家には行かない、という連絡だった。元々この学生は昨日ホームステイ開始予定であったのだけれど、学生本人の都合で今日からスタートに変更し、挙句の果てにホストを変更しろと言いだしたのだ。その理由は、バスを2本も使って学校に行くのは遠すぎ(バスに乗る時間は合計で15分位なのに)、ホストが夫婦と子供がいて英語を話すようないわゆるアメリカのファミリーという感じではないので、そんな家庭に弟を行かせられないとのことだった。そんな理想的な家庭なんてほとんどいないし、いろんな環境の家庭に対応していく事も異文化体験の1つでもあるのでそれを説明したのだけれど、兄貴の中で自分の理想に重ならないと納得行かないらしく、自分は別のホストを探すのは出来ないので、Lに対応をお願いすることになった。その兄からの電話を切った直後に今度はその学生のホストから電話があり、学生が予定の時間になっても家に来ないとのことで確認依頼が来た。なので、大まかに事情を説明して、これまたLに対応を依頼するので待ってもらうようにお願いした。
その後(既に午前11時を過ぎて)、やっとEメールをチェックすることが出来て、その他の学生やエージェントからの連絡について確認をして返信をした。そして、ウェルカムパケットを送らなくてはいけないものが残っていたので、その書類作成と送付手続きをした。後は、今日は最終日ということになっていたのでインターンシップのスポンサー会社に今回の最終評価(先週用意したもの)をファックスで送った。その後は、一応6ヶ月使った机の整理をした。なんだか思わぬ物が出てきたりして少し懐かしかったりした。
Lが会社に来て、今日の朝の学生の対応をすることになった。Lは午前中から午後3時半位までは別の会社で働いてEメールをチェックできるので、Mもいなくて困ったこともあり前もってEメールで事情を説明しておいた。なので、直ぐにLがホストと学生に連絡をして、あれこれと対応をして、結局午後7時半頃になりLは明日また来て対応する、と言い出したのだ。Lが対応する内容の影響を受けウェルカムパケットを用意する必要があったので、自分も関わったこともあり中途半端で終わるのは嫌でもあったので、自分も会社に行くことにした。そんなわけで、最終日は明日に持ち越すことになった。
今日は、わがままな学生とその兄貴のお陰で、静かに最終日を終え「あーとうとう終わってしまったな~。」なんて感傷に浸るはずが台無しになってしまった。

2/2(金)
今日は、本当に会社に仕事をしに行く最終日となった。それから、英語学校も今日が最終日だった。
まず朝いつもどおり予定より15分以上遅れて来たバスに乗り英語学校に行った。英語学校ではもちろん普通にクラスがあり、今日はリスニング(聞き取り)の練習を行った。テープを聴いてプリントの抜けている言葉を書き込む練習をした。それが終わったらその文章の内容についてディスカッション(内容についての意見交換)を行った。内容としてはボランティアについての話で、数人の活動内容について書かれていた。お互いの意見を言いながら、だんだん話が環境問題に飛び結構白熱した意見の交換をしてしまった。皆それぞれの考えを言いもちろん意見は異なるので自分の意見を主張して、他の人の意見について考えた。こんな感じで、学校の最終日は結構充実した感じで終われた。クラスの後で先生に挨拶に行ってから帰った。英語学校でも数人仲良くなった人がいたので、その人達に“さよなら”を言い、そのうちの1人がステイ先からそれほど遠くない所に住んでいたので車で送ってくれた。今回縁があって英語学校に通ったのだけれど、週1回のクラスでいろいろな事を勉強した。それから、いろんな国の人と話が出来た。この体験は本当に貴重だった。偶然にもこの学校に通えた自分はラッキーだったと感じた。
その後、いつも通りステイ先近くのショッピングモールで食事をしてから会社に行った。会社に着いて、今日はあまりいろいろな事はやらないつもりでいたのだけれど、やっぱりEメールはチェックしなくてはいけないかなと思い確認したら、やるべき事が結局発生してしまい、「本当に最後だから落ち着いて終わりたかったのに~」と独り言をブツブツ言いながらやった。そんな事をしているうちにLが会社に来て、Lも昨日に引き続きキーキーと叫ぶ時もあり興奮しながら仕事をしていた。自分は、出来るだけやり残しがないように、思いついた事をやり、その後昨日からLが対応していた学生の1人にウェルカムパケットを作り送付作業をして、今回その学生は元々違うステイ先に行くと連絡をしていたので、エージェントにステイ先変更連絡をした。そして、その合間を縫って明日からシアトルに行くので、現地で会う友人に“明日からよろしく”メールを短く書き、バタバタしながら終了ということになった。Lが今日も家まで車で送って行ってくれたのだけれど、車に乗る前に自分は少し感慨深い気分で暗くなったオフィスのビルを見ていたら、Lが「ハグしましょう」と言ってきてお互い「オー」とか言いながらハグをしてしまった。Lにとって自分は子供のような感じなので子供が旅立つ時の感覚なのかな、そんなふうに思ってしまった。家の前に車が着いてからも、また少し話をして、お互い「I Miss You」(会えなくなって寂しい)と連発して「帰国前に食事に行こうね」と約束しながら別れた。
今日は、LA生活の中での大きな2つのものが終わった日で、やはり感慨深くて涙が出そうなくらい切ない気分になってしまった日だった。


今週は、以外と普通な日々でした。

今週は、帰国間近なのでいろいろと自分の中で総まとめを
するつもりだったのですが、以外と普通に過ごすことに
なってしまいました。
いつもどおり、どうぞご覧ください。

1/19(金)
今日は、先週と同じく金曜日なので英語学校に行き、その後会社に行った。
学校はいつも通りの感じだったけれど、1月になり新しい人達がポツポツと増えていて、今日は30人以上の人達が同じクラスにいた。以前の自分が入りたての頃のようだ。でも、少しずつクラスのやり方が違い、今までやらなかったディクテーション(テープや先生が読み上げた内容を聞いて書き取る練習)や、ディスカッション(ある課題について意見を言い合う練習)などが入ってきて、装い新たな感じになった。でも、こういう練習は自分は不得意なので大変だけど自分のためになる感じがした。
学校が終わりいつも通り家の近くのショッピングモールに行って昼飯(今日は鳥のテリヤキ丼)を食べてから会社に行った。先週よりも少し早めに着くことが出来て、今日やろうと思っていた学生対応を1件やり、その後今度会社の紹介Webページを載せるのでその下準備を少しした。それから、Mに今週初めに何故か会社に持ってきた新品のDVDプレーヤーをセットしたのだけれど上手く映像が出てこないので時間があったら見てほしいと言われていたので、それを見てみた。そうしたら、特に何もしなかったのだけれど、テレビのチャンネルを“AUX”という所にして、きっと間違えてMが押してしまいおかしくなっていた“PSCAN”(どんな機能かは分からず)という機能をリモコンのボタンを押して解除したら普通にDVDソフトが動きだした。なので、とりあえずメモだけはMに残して今度は古い書類のシュレッダーをかけようかと思っていたら、立て続けに2件程電話がなった。1件は韓国から学生のお母さんと思われる人から申込書をファックス到着の確認依頼、1件はホストになりたい人から情報提供依頼だった。ホストの方はすぐに話が終わったのだけれど、韓国の学生の方は、何度か電話がかかってきてファックスが上手く出来ないやら、会社に届いたら届いたで到着が結構間近だったりして、お金の事などで話をしなくてはならず、自分も学生も拙い英語で話していたので疲れてしまった。そんなことをしているうちに、結局今日はシュレッダーをたくさんかけるつもりでいたのだけれどほんの少ししかかけられなかった。その後個人のEメールとブログアップデートなどを会社でさっと行い家に帰った。
なんか自分は気分的に疲れて帰ったら、学生君と家の次男が結構ハイテンションでGoogle Earthという地球のあらゆる場所を衛星画像で細かく見せてくれる無料Webコネクトソフトをダウンロードしていた。ダウンロードが完了したらLAの画像を出してステイ先を探して皆興奮していた。特に学生君はすごく興味を持ち、その後自分と2人でいろんな所を擬似旅行して、彼の故郷をいろいろな思い出と共に語ってくれた。どうも、学生君はこの類のものが大好きのようで、すごく楽しそうだった。
今日は、なんとなく忙しい感じの1日になってしまった。だからか、少し疲れたな~。

1/20(土)
実は昨日から2泊3日でステイ先家族の人達とスキーに行く予定だった。でも、残念ながらその話は一旦キャンセルになった。そのため、特にやる事がなくなってしまい、今日は何をしようか考えた。そして、先週末にサンタモニカの地図を見ていて気付いた家とサンタモニカの間辺りにあったSanta Monica Museum of Art(サンタモニカ美術館)という所に行ってきた。5ヶ月半以上サンタモニカの近くで住んでいて、この場所の存在を知らなかったのだ。実際に行ってみて、新しいタイプの美術品展示施設だと感じた。というのも、この美術館は以前どこかの工場だったような所を改装して作られていて、美術館自体は小さな施設なのだけれど、同じ敷地に小さなギャラリー(美術品を売っている)がたくさん寄せ集められていたのだ。なので、美術館に来た人達がたくさんあるギャラリーに行って気に入れば作品を買うことが出来るのだ。でも作品を買わない人も(自分も含め)皆各ギャラリーをハシゴして観て回り各々の好きなように楽しんでいた。作品としては、現代の美術品ばかりが置いてあった。カラフルで何がなんだか分からないようなインパクトがある作品や、現代アートの現在いる人達を真似ている作品や、大判に引き伸ばした写真やシュールリアリズムを思わせる絵画作品などもあった。自分は現代美術については偉そうなウンチクなんて持ってないし、ちゃんと理解できるなんて言えないけれど、なんだか訳が分からない物を見てなんか刺激を受ける時があり観るのは大好きなので、楽しかった。
それから、今日は、美術館に行く途中に、LAに来て今頃になって初めて吉野家のUS版の“YOSHINOYA”で昼飯を食べた。わざとスタンダードなBeef Bowl(牛丼)を頼んで食べてみたところ、味も形も日本の物とほとんど変わらない感じがした。しいて言えば、今日食べた物は少しさっぱりした感じがした。久しぶりに食べたからか、なんかすごーく美味しく感じてしまった。日本と違うところを考えて見ると、日本のようにカウンター席はなく、イメージとしてはファーストフード店みたいな感じだった。そして、コンボ(セットメニュー)があり、牛丼/鳥丼/野菜丼+ケーキ/サラダ+ドリンクのセットなどがあったことかな。でも、さすが吉野家だけあり、熱い緑茶($0.7位)がドリンクの種類としてあった。これまた、ちょっと面白い体験をした気がする。
今日は、そんな感じで、新鮮体験が出来た日となった。

1/21(日)
今日は、この前の月曜日に英語学校に一緒に行く時があるマザーの甥っ子が学生君の所に来て今日昼飯に行こうと誘われていたのだけれどその後特に連絡もなくお流れになったので、時間が空いたのだけれど特別な事をしなかった。
今日は学生君がランドリーに行かないとのことだったので1人で行った。今日は起きたのが少し遅く更にマザーと話をしていたりしたらランドリーに行くのが遅くなってしまった。そのため、家に帰ってきた時にはもう午後1時を超えてしまった。
その後、家にあるパンを拝借して軽めの昼飯を食べながら広告に30分以上見入ってしまった。日本と同じでいろいろな物が“20%ディスカウント!”とか書いてあって安売りを誇張していた。それに、広告に書いてあった商品は本当に安かった。‘日本だったらこんな値段では買えない’という値段で売り出していたので、思わず「買いたい!」とか思いながら、オフィス商品やパソコン/デジカメの電子製品から始まり食べ物に至るまでのんびりと見てしまった。
気付くと午後2時を超えていたので、「しておきたい」と思っていた部屋の掃除をしていたら学生君が起きてきた。どうも、彼は学校のプロジェクトでやらなくてはいけない事があったらしく午前7時まで作業をしてそれから寝たそうで起きるのも遅くなったらしい。彼はなんだかすごく眠そうだったので「体調を崩さなければいいな」と思ってしまった。
掃除も一段落して何かの用事で外に出たいと思って晴れている外の景色を窓越しにみていて、近くに大きな公園があるのを思い出したので、そこに行ってみることにした。自分の中で思っていた公園の場所に行ってみて、すごい勘違いをしていたことに気付いた。その場にいた日本でいったら中学生位の子に場所を聞いてみたら、思っていた公園は家の近くは近くなのだけれどサクッと簡単に歩いていける所じゃなくて歩きならば30分位かかるような所にあった。しかも、入口が大きな通りに面していなかったので結局公園への入口が見つからず、近くまで行きながら公園に行かずに、そこから更に大通りを歩いて今日広告を見たオフィス用品の店があったのでそこをウロウロして家に戻ることにした。ちょっと散々な感じだったのだけれど、1つ日本から考えると珍しい事があった。(きっと)目的の公園に隣接したゴルフコースが大通りに面していたのだけれど、そこの歩道の所の木から落ちた実を野生の茶色いリスが3-4匹取りに来ていた。日本、特に東京なら絶対ありえないことだけど、ゴルフコースの林に住み込んでいるとはいえ、大通りの所で普通に野生のリスがいるなんて、LAの緑が多いことを表していると思った。
今日はこんな感じで、特別な事はしない感じで1日を過ごしてしまった。でも、まーまー気分転換は出来た気がする。

1/22(月)
今日は、仕事は結構忙しかった。Mが先週末に休みを取り、どうも今日は早く会社に来たようでEメールを全部チェックしてやる事を考えていたみたいだった。自分がいつも通りの時間に出勤したら、もう仕事全開モードになっていて、直ぐにM自身がやる事と自分が出来る事を一緒に振り分け始めた。そして、自分はとりあえず3名の学生向けの申込確認書類を作成し、ホスト申込書類送付手配を2件行い、期間延長処理2件と別の学生に延長の催促連絡をして、その合間に電話対応と先週から引き続いている料金支払が出来ていない学生と連絡を取り合ったりして、密度が濃い感じではあった。結局一通り今日やるべき処理が落ち着いた時には午後5時を超えていた。それから個人のEメールをチェックして送受信をして帰宅した。
それにしても、もう帰国が本当に迫ってきた。今インターンとして働いている会社で働くのもあと8日たらずとなってしまった。正直なところ、自分がこの会社に来て本当に役に立てたのだろうか?本当に自分は会社にとって価値のある存在になれたのだろうか?Mはそう言ってくれたけれど、なんか正直なところ実感がない。働きだして6ヶ月が経ちつつあることが未だに信じられない。本当は今3ヶ月目位で、夢を見ていて何かのキッカケで夢から覚めて眠い目を擦りながらキッチンに行きマザーに「グッドモーニング」とか言うんじゃないか、というか、そうであったらいいのに、なんて考えてしまう。なんというかこの生活が終わってしまうことが本当に悲しくてならない。もちろん後ろ向きにいろいろな事を考えているわけじゃないけれど、本当に夢のような経験で、いろんな人やいろんな場所と出会い体験を出来た。でも、全然たりていない気分だ。きっと2年LAに滞在しても同じように思うのだろうけれど。帰りのバスをバス停で待ちながらライトを点けて走っていく車の流れを見ていて、何故かそんなふうに感傷にふけってしまった。疲れたのかな?

1/23(火)
今日は、仕事が慌しかった。今日は前もってMの出勤が遅くなることは聞いていたので、会社に行ってEメールをチェックして、それから昨日途中までやっていた学生と更に加わった学生の期間延長処理をやり、期間延長をするかどうか確認を取らなくてはいけない学生がいてその学生に連絡を取った。その辺りでMが出勤して、これから来る学生のアレンジについて、Mがアレコレ自分に確認を取ってきて、それに伴い発生した処理を行った。それが終わり、今度は比較的長期間滞在している学生の期間延長の請求書送付作業をした。その内の1件の料金について、今回計算しようとして前回自分が本当は“宿泊のみ”プランであるべきところを“宿泊+2食”プランの料金を徴収していることが分かったのだ。そのため、Mと相談をして謝罪と次の対応についてEメールで連絡をした。その頃には結構気分がヘトヘトになっていたのだけれど、更に今度はMから2月の上旬に来る学生が朝早くLA空港に着き、本人の希望で学生は自分でタクシーを捕まえてホスト宅まで行くことになっているのに、そのホストが迎えに行けるということで再度空港出迎えについて打診しようということになり、そのEメールを自分が書くことになったので、頑張って書いた。で、その途中に、今月27日からホームステイを開始するのに、先週から続いて料金がなかなか支払われず手続きが止まっている学生から電話がかかってきて、その学生が突然今日現金を持ってオフィスに来るとか言いだして、その対応のために居残りをすることになり、そうしたら、今度は以前このブログで書いた問題児の学生がホームステイを今月13日から始め、食事なしプランを選んだのにステイ先の人と食事を一緒にしていることが分かり食事付きプランに変更をすることになり、その追加料金をカードで支払おうとして請求住所が自分で分からないとのことで今日本人がオフィスに来てカード自体を機会に通して支払い処理をすることになっていたのに、ステイ先の人が嫌がるとか訳の分からん事を言い来ないとか言いだしてまたアレコレと話をして可能性のある住所を請求住所にして試すことになりその対応をしたりした。結局明日にいろいろと持ち越したとはいえひと段落着いたのが午後7時30分を過ぎてしまい、今回のトレーニング期間の中で一番帰りが遅くなってしまった。家に着いた時には8時20分頃になり少しぐったりして家に入ったら、マザーから「あなたこんなに遅くなって大丈夫?」とか言われてしまった。
今日は、なんか本当に慌しくて、疲れてしまった。

1/24(水)
今日の仕事は、昨日に比べると落ち着いていた。ただ今日の朝出勤してMがいて驚いた。今日はMの出勤が遅くなると聞いていたのだ。それで、昨日やり残してあった仕事でMの机に行かないと出来ない仕事があったので、それをMが来る前にやってしまおうと思っていた。なのに、自分が出勤したら既にMが会社にいて仕事をしていて出来なくなってしまった。今日行く予定だった医者がキャンセルになったらしかった。そんなことで仕事を始め、まずは昨日来て関連料金を全額支払い完了した学生についてホームステイ開始が1月27日と迫っていたので学生とホストファミリーにお互いの情報を知らせて連絡を取り合ってもらうようにお願いした。それから数件の期間延長の催促や申込み確認のEメールを出した。Mの机でやる仕事に関しては、Mがやってくれた。それから、本来学生が伝えてくるべきセキュリティデポジットの送付先を伝えてこなかった学生から催促の連絡があり、住所を知らせるように連絡のEメールをした。
その後は少し落ち着いたので、日本から来る学生向けのWebサイトに掲載してもらうことになっているページの内容を考えた。どんな内容がより見る人達に魅力的に見えるのか、それを考えると意外と思いつかないもので、とりあえず思いつくフレーズを作ってみて、それからだんだん手直しをしてみた。それでもいい具合かどうかは分からないのだけれど、とりあえず形にしてみた内容を英訳して明日Mに自分が作った内容を掲載して問題ないか聞いてみることにした。なんか会社の紹介って作ってみると難しいものだな、と思ってしまった。
仕事を終え帰り際にLから「来週であなた終わりなのよね。寂しくなるわ。今の気分はどんな感じ?日本が恋しくなってるの?」と言われた。正直なところ帰らなくてはいけないことが悲しいことなので「正直なところ帰りたくないけど、帰らなくてはいけないんです。」と話し、ビザの事とかを話した後に、お互い「何か良い方法があって戻ってくることが出来ればいいね。アメリカのオンラインマッチング(ネットで結婚/交際相手探しをするようなサイト)でいい人探して結婚でもすればいいのかな。」ということで話が落ち着き帰宅した。
今日は、昨日慌しかった分すごく落ち着いているように感じた日だった。

1/25(木)
今日は、Mと一緒に仕事をする最後の日になった。というのも、自分がこの会社で働く最終日は来週の木曜日なのだけれど、Mが今週の土曜日から1週間ボーイフレンドの関係でセントルイスという所に行くことになったのだ。忙しかったら大変だったのだけれど、運よく今日は落ち着いていた。1人ステイ先を移動することになった学生がいて、その書類の用意と送付手配をして、その後期間延長の支払期限の学生がいて催促の連絡をしたり、2月の初めにホームステイを開始する学生からなんだかホームステイが心配な旨連絡を受けたのでその返信Eメールを出したりした。その他細かい事をやった後に、Mがいない間に自分1人になってしまうので、いろいろとやらなくてはいけない事の引継ぎをした。
そして、Mが帰り際に額を買うために持ってきたリトグラフの中から1枚の絵を自分にくれたのだ。この絵はMのボーイフレンドの友人のお父さんで知られたアーティストの人(自分は知らなかったのだけれど)が書いた絵を印刷している物で本人の直筆サインが入っていた。どうもMが言うには価値がある物らしい。その絵はアメリカの大自然に囲まれた湖か川でフィッシングをする人が描かれているもので、落ち着いた雰囲気で色使いも森や水や空が全体的に淡い青や緑を基調とした感じで見た時に気になった絵だった。なので、本当に嬉しかった。その後、Mは「Thank you for everything.」と言ってくれた。こっちがThank youって100回位言わなくてはいけない感じだったのに、なんだか恐縮してしまった。そして、ハグをして帰っていった。Mが帰った後で、Mとは日本に帰国する前に少し時間が出来るのでその時に昼ご飯を食べるためにまた会うのだけれど、何故かちゃんと“ありがとう”という気持ちをMに伝えられなかった気がしてどうしようもない後悔にも似た気分になってしまった。今度会った時にはその分ちゃんと“ありがとう”の気持ちを伝えようと思った。
Mが帰ってしまってから、昨日もやっていたWebサイトの仮登録をした。どんな文句が良いかはMと少し話をしていたので、その話した内容を交えて掲載する文面を考えて、その他会社の地図や、キレイなイメージに見せるための写真を添付したりして、仮登録をした。ホームページを自分で作ったりするのとは違い、テンプレートにはめるだけの簡単なページだったので、皆同じような物になってしまうので、逆にどんなふうにすればより効果的か考えてしまい分からなくなってきてしまった。しょうがないので、とりあえず仮登録してまた明日気分を変えて考えてみることにした。
今日は、全体的には落ち着いていた日だったけれど、いろいろと考えたり感じたりした1日になった。


今週は比較的穏やかでした。

今週は、比較的穏やかな週でした。
帰国が迫っているので、“1日1日大切に”が今気にしている事です。
では、いつも通り、お暇な方はどうぞ。

1/12(金)
今日は、今年初めての英語学校のクラスに行った。年が変わり、何人か新しく入ってきた人達がいた。でも、去年からいる人達はもう顔はお互い分かっているので「Happy New Year!」とか「Hello!」とか言って久しぶりに会ったことを喜びあった。クラスは、今日はリスニング(聞き取り)の練習をやったり、スピーキング(話す)の機会を作るような事をしていろんな人と話す練習をしたりした。なかなか面白かった。
そのクラスが終わり、いつも通り昼飯を食べてから、今日は仕事に行った。自分が会社で働く日数もだんだん少なくなってきて、Mから出来ればこれから金曜日に学校が終わってからで良いので出勤して日本に行く時の書類の準備や、溜まっているシュレッダーかけをやってほしいと言われたのだ。すごく正直な事を言ってしまうと、金曜日はもう休みの日という感覚があって、金曜日にどうしても出勤しなくてはいけないような感じはしなかったので出たくなかった。でも、今回自分がLAに来たのは、この会社で働く事が本来の目的なので、頑張って出勤することにした。そんなわけで今日出勤して、Mから昨日やってほしいと言われていた事をやった。1つ目は、会計ソフトにウチの会社が発行したバンクチェックが換金されて銀行から戻ってきたので、使用済みであることが分かるように処理(指定の場所に一回クリックしてチェックマークを入力するだけ)をした。おそらく数的には50位だと思うのだけれど、どこで誰の関係で使われたものかを確認するのが面倒なものがいくつかあり、それにてこずってしまった。でも全て無事に処理完了。2つ目は、Mが3月に日本に持っていく資料の今ある物との差し替え作業(100セット分)をした。とても単純な事をやったのだけれど、全て書類がセットされている物をナイロンのカバーから取り出して差し替えてまたそのカバーに入れなくてはならず、自分は手先が不器用なので、なんか上手くできずイライラしてしまった。また、その途中に電話が何回かなり、今日ホームステイ開始予定の学生に関する事でホストから予定が変わって今日は来なくなったと学生から聞いたけれど、とのことで確認依頼が来たり、今日からステイが始まる学生から今日ホストと連絡が取れないのだけどどうしたら良いか、と連絡が来たりして、更にイライラしてなんか時間も取られてしまった。でも、なんとか無事に電話対応も書類差し替えも完了できた。本当はシュレッダーもやってほしいと言われたのだけれど、もう時間も遅くなり自分もやる気が失せたのでそれで終了して帰宅した。
今日は、一人で黙々と仕事をしてしまったけれど、一応やろうと思っていた事で今日やった方が良い事は出来たので、ちょっと“スッキリ”といった感じの日だった、、、かな。

1/13(土)
昨日の夜、やる事が決められず迷った挙句、今日はハリウッドの世界一(劇場の自称)有名なグローマンズ・チャイニーズ・シアターのメイン劇場で映画を観ることにした。これはやはりLAにいないと出来ないことだし、ハリウッドに初めて行った時に滞在中に行きたいと思ったのにすっかり忘れていた事だったのだ。
いつも通り、バスに乗って、きっと車なら30-40分位で行きそうな場所に2時間程かけてハリウッドに着いた。そうしたら、今日はLAにも寒波が訪れて(それでも白い息が出るほどではないけれど)“さむい~”という天候だったこともあり、観光シーズンでもなかったからか人が前より少ない感じがした。もちろん観光客はデジカメを持ちいろんな所で記念写真を撮っていたけれど、なんだか少し落ち着いた感じのハリウッドを体験してしまった。
目的のチャイニーズシアターに行ってメイン劇場で何をやっているのか確認したら、“Freedom Writers”という映画をやっているとのことだった。どんな映画かも分からなかったので少し観ようか観まいか迷ったのだけど、目的を果たすには観なくてはいかんと思い、そのチケットを手に入れた。そして、これまた有名なハイランド&ハリウッドといういろんな店が集まった所のハリウッドサインが小さく見える所にあるスタバで軽く昼食を取った。その時室内の席が空いてなくて外で食べたのだけれど、ハリウッドサインを見ていて、また感傷的な気分になってしまった。前回来た時には、まだLAに来て間もなくで、会社で上手く仕事運びが出来ず「自分は仕事場所を変えた方がいいかな?」なんてふと思ったりしたっけ。それからもう5ヶ月も経ったのだ。今思うとあっという間だったことを本当に実感した。
そんな少ししんみりした気分で、チャイニーズシアターのメイン劇場に入った。前回来た時に劇場内部は見ていたけれど、やっぱり他の劇場とは違う中国風な内装や壁紙が高級感のある特別な空間っぽさを醸し出していた。映画自体は、全然期待していなかった映画だったのだけれど面白かった。この映画は事実に基づいたもので、LAがまだ荒れていた1990年代のロングビーチの高校に赴任してきた英語教師が、担当した学生が伝統的に続いていたカリキュラムに沿うだけの授業を受けてまとまらない様子を観て、ノートに自由に思った事を英語で書かせる課題をやらせ、それを通じて彼らが直面している様々な問題(ドラッグ、黒人迫害、殺人など)を知り、特別メニューの授業を続けるうちに学生の気持ちがだんだん変わっていく、という話だ。全然期待しないで観たからか、すごく面白く感じた。若干学生が素直すぎる感じもしたけれど、学生が自分自身を見つめなおしていく姿は、今の仕事で学生対応をする時の感覚に少しダブり感情移入して感動してしまった。ただ、またもや登場人物が早口でしゃべる事が全部は分からなかったのだ。それは、きっとちゃんと理解できるともっともっと面白かったのかな、と思うと悲しいところだった。
映画を観た後、まだ時間が早かったので、カメラも持っていっていたので少しハリウッドの通りをウロウロして町の景色や壁画の写真を撮ってハリウッドを出来るだけ目に焼き付けて帰ってきた。
今日は、久しぶりにハリウッドに行き、目的を果たせて、しかも観た映画も個人的には意外と面白かったので良い日となった。

1/14(日)
今日は、前もって午後にランドリーに行こうと学生君と話していたので、午前中にシアトルに行く時の観光についてガイドブックを立ち読みしに行った。近くに本屋がなく、一番近い所にあるのがいつも歩いていく日本の店が並ぶ通りの旭屋書店なので、そこに立ち読みしに行ったのだ。書店がオープンするのが11時30分だと行ってみて分かったので、それまで近くの店で暇つぶしをしてから旭屋書店に行った。探してみたら“地球の歩き方”くらいしかトラベルガイドはなかったので、それを1時間位立ち読みして、だいたいどんな観光スポットがあるか見てみた。シアトルは小さな町だと聞いているけれど、1週間いたら何が見たりできるのかな~。改めて考えないといかんと思った。
その後、午後1時位になっていたので、軽く何か食べようと思ったのだけれど、それほどお腹がすいていなかったので昨日も行ったのだけれど、また近くにあったスタバに入ってマフィンと今日は昨日と違うグリーンティラテ(緑茶と泡立てホットミルクを混ぜたもの)を飲んでみた。そうしたら、お店の人の手違いで自分にカフェラテをくれた。自分は、中身を見られないので、グリーンティラテであることを確認したら、“Yes”と言われたのでそれをもらって椅子に座ってマフィンを食べようとした。そうしたら、フォークがなかったのでもらいに行ったら、お店の人に「あなたのグリーンティラテはこれよ。」と普通に言われたのだ。つまり店の人が間違えたのだ。でも既にカフェラテに口をつけてしまったので、事情を説明したら、「また作るから、もし欲しければそれもあげるよ。」と言われて、結局両方のラテをもらってしまった。でも、両方を一度には飲めないのでカフェラテを家に持ち帰ってゆっくり飲んだ。ちょっと得した。
その後自分の部屋を掃除してから、学生君とランドリーに行ってきた。洗濯自体は特にいつも通りなのだけれど、洗濯中や乾燥中に時間があったので、自分が日本に帰ってからまず何をしたくてこれからの仕事についてはどう考えているかとか、彼がアメリカにい続けて出来れば永住権を手に入れたくて、でももしも母国のギリシャに戻ったら一旦兵役で軍隊に入らなければならない事などを聞いて正直なところ少し衝撃を受けた。そんな話をしながら洗濯をしていたら、マザーがやってきて近くに用事があるから用事を済ませてから車に乗せていくからと言って自分達を車に乗せて帰ってくれた。それにしても、学生君は適当にいたづら心があり、それでいていつも他の人に気を遣う本当にいい奴なのだ。彼がなんとかアメリカにい続けられれば良いな、と本当に思ってしまった。
今日は、いつもの感じの日曜日を過ごしてしまった。でも、いろいろと有意義なことが出来た気がする。

1/15(月)
今日は、仕事は久しぶりにゆったりした感じだった。ホームステイの申込みは2件程来て確認書類をEメールで送ったり、期間延長の対応をやったものの、意外と早く片付いた。そんなこともあり、どうも用事もあったらしいのだけれど、Mは午後1時過ぎに帰っていってしまった。
その後、現在シールで番号を作って処理している各学生のアカウントナンバー(料金支払いの時に照合する関係で各学生に当てている番号)の新規取得をPCで管理するためのファイルを作った。Mは今までのやり方で慣れているし特に問題は生じていないのでそんなに話に乗ってくる感じでもなかったのだけれど、「とりあえず何かより良い方法があるのなら変更してもいいよ」とのことだったので、まずは試しにサンプルを作って使いやすいのかどうか確認することになったのだ。なので、ちょうど今日は仕事も落ち着いていたので作ってみた。出来栄えはMにとってどうか分からないけれど、とりあえずもし採用されれば、今Mが紙に毎年処理の都合上シールに印刷してカッターで一つ一つ切って各学生の紙ファイルに貼る作業はなくなるから、ほんの少し面倒くさくなくなる。せっかくなので、採用してほしいな~。
それと、今日、Mは自分のスポンサー会社にFaxするFinal Evaluation(期間終了時のインターンの評価)を作っていた。Mが月末一週間私用で出かけるので自分の仕事の最終週はいないから早めに作ったみたいだった。インターン本人のサインも必要なため見せてもらったところ、英語のコミュニケーションについてはやはりそんなに良い評価ではない(でも最低ではない)ものの他の項目はほぼ全て一番良い評価をしてくれた。いつも「もっと気をつけなくちゃ駄目!」と怒られて仕事をしていた(している)ので、そんなに良い評価をもらえると思わなかった。なので、サインをしてMに用紙を返す時に「良い評価をしてくれてありがとう」と言って返した。そうしたら、自分の仕事がMにとって□□の部分が○○だけ役立った、といくつか説明してくれた。話を聞いて、この会社に自分が来て無駄と思われなかった事にほっとして、そして素直に嬉しかった。とりあえず、会社に少しでも貢献できたとのことだったので良かった。
自分がこの会社で働くのは後少しだけど、頑張って働こうと素直に思った。

1/16(火)
今日は、仕事は昨日に続いて忙しくなかった。期間延長処理も珍しいことになく、昨日から引き続いていたホームステイの申込みについての確認書類のEメール送付対応を2件程やり、後はとりあえず思いつくMに引継いでおいたほうが良いと思われる書類作りをした。それでも時間が出来たので、今日は個人のEメールを出して早く帰ろうかな、なんて思っていたら、夕方の4時を越えた頃になり突然DHL(国際宅配便)の人が書類を届けに来たのだ。なんか嫌な予感がして見てみたら、やはり新規学生のホームステイ申込み書類が日本のエージェントから届いたものだった。もう見てしまったからにはやるしかないので、それから会計ソフトに新規で登録をして、確認書類のEメール送付対応の準備処理をした。そんなことをしたら、結局5時過ぎになり、それから個人のEメールをチェックしていくつか送信して、少しLと話をして帰宅した。
それから、昨日作成したアカウントナンバー処理のファイル処理(Excel使用)のサンプルについては、サンプルをMに見てもらったところ、使う気になってくれたみたいで、直ぐに少し改良して今日までの分をMがアップデートして使い始めることになった。どうも、日本の会社では全く特別なものではないけれど、この会社ではあまり表計算ソフトを使ってファイルを作れる人がいないため、どうも重宝してもらえそうだ。せっかく作ったので、使ってもらえて良かった。ちょっと嬉しい事だった。
そして、今日はビックリすることがあった。家に帰ってきて部屋に入ったら、元々リビングに置いてあって犬のオシッコをかける場所になり、その後クリスマスツリーを置く都合で庭に置いてあった背が低い大きな丸壷みたいな器(高さ30㎝直径50㎝位)に入った観葉植物が自分の部屋に置いてあったのだ。自分の部屋(日本で言う5-6畳位)にはこの植物は大きすぎる物だったのだ。マザーに言ったら、普通に「私が置いたの。あなたの部屋は犬がいかないからいいかと思ったの。何か問題あるかしら?」と優しい口調で言われてしまった。もちろん庭に出してほしかったのだけれど、なんか、あと半月と少しだから、ということで諦めのような気持ちが出てしまい「ちょっと驚いたから。」と低いトーンで言ってしまった。ただでさえ業者のミスでミスプリントしたマザーのカレンダーの箱と封筒に入ったカレンダーの束が部屋にむき出しに置いてあるのに、更にこの大きな植物とは。。。部屋がどんどん騒がしい感じになっていくのを見て、少し気が遠くなりそうになってしまっている。

1/17(水)
今日は、仕事的には、たまにある何をやっても上手い具合に回らない日だった。大したことはしなかった。2件程ホームステイの申込みが来て、その確認書類送付処理をやった。それから、既に確認書類を送っている相手から反応があり、それについての返信を出したりした。後は細かい支払い処理や既にホームステイを開始している学生へ連絡をしたのだ。でも、そういうことをしている時にも、確認書類作成中に電話が鳴ったりして作業を遮られて作業していた箇所を探すのに苦労したり、全部作成してEメールで返信を送付したら、金額が間違えていることに気付いて、訂正して再送信しなくてはいけなくなったりした。本当はこんな日はいろんな事をしないでサラッと早めに帰宅するのがいいのだろうけれど、1本電話が鳴り何故か別の事が舞い込んできたりして、結局ど壷にはまってしまったりした。
それから、今日は、LAに来て初めて傘をさした。日本だったら傘をさすのは不思議ではないけれど、こちらに来て5ヶ月半以上、雨は降っても、自分が傘を忘れたり、ちょうど土砂振りになった時に家や会社にいて雨に濡れるのを免れたりしていた。でも、今日は朝会社に行く時にちょうど雨が降っていたのだ。今日は雨が降ることをマザーから聞いて知っていたので傘は持って家を出た。最寄のバス停まで歩きながら最初は小振りだったので、勝手に「気にしない!」なんて思い歩いていたのだけれど、どんどん降り方が強くなってきたので、とうとう傘をさしてしまった。なんか今日の雨は冷たい雨で、白い息が出てきていたのだ。風邪をひきたくもなかったのでさしたら、なんだか久しぶりの感覚で新鮮な感じがした。日本に帰ったらまた雨に結構あたることになるんだろうな。なんか、そんなことを少し考えてしまった。でも、傘をさすような雨は、今日に関して言えば、あまり心地よいものじゃなかった。

1/18(木)
今日は、Mの姪っ子さんが27歳の若さで病気により亡くなり、そのお葬式が行われるためMは出勤しなかった。そのため、今日はLが出勤する午後4時30分頃まで1人で会社にいた。そのため、電話対応やEメールの対応も1人でやらなくてはいけなかったのだけれど、運よくそれほど大変な事が起きなかった。なので、昨日発生してしまった1人の学生の部屋貸しのみプランから部屋と2食付プランに変更するための書類作成及び送付をして、期間延長予定で支払期限が迫っている学生に連絡を取り、ウェルカムパケットの前もって用意出来る書類をセットで用意しておく作業をした。
その他の作業として、日本からLAに来ようとする学生が見そうな生活情報を掲載する“びびなび”というWebサイトのLA版に会社の紹介サイトを掲載してもらうため、その掲載記事作りの下準備をした。本来ならMに内容を確認してもらうところなのだけれど、このサイトは全部日本語であるため、Mから全権を任されているのだ。とりあえず今回は試しとして3ヶ月の契約を組んだ。なので、これで反応がよければMにもWebの重要性について分かってもらえるチャンスなので、頑張らなくては。でも、その記事はブログのようなもので、おおよそのテンプレートは決まっていて、そこに写真や文章を載せるだけのものなので、それを使ってどのように記事を作ったらより良いものになるのか考えないといけない。どんな感じになるかは分からないけれど、これから来週の半ばまではそれをアレコレと作業する事になると思う。
今日は、ポツポツと細かくワガママな学生の対応をしたものの、全体的には落ち着いた日になった。


1ヶ月前です。サンフランシスコ一人旅してきました。

もう1ヶ月が経ってしまいました。
とうとうサンフランシスコに行った時の様子をアップデートします。
LAに帰ってきてからこの記録を書き始めました。
1週間以内にはアップしなくては、と意気込んでいたのですが、
仕事やイベントごとでなんか途中まで書いてノビノビになってしまい、
昨日になってもう1ヶ月経ったことを実感して、「まずいー!」と思い、
昨日の夜頑張って仕上げました。
的確に短く文章を書くのが、皆さんお分かりかと思いますが、不得意なので
ダラダラとその時に自分が感じた事を思い出しながら書きました。
きっと、何日かに分けて読んだ方が疲れないと思いますよ。
お暇な方、どうぞ。。。

12/15(金)
とうとう、今日から4日間のサンフランシスコ一人旅が始まる。どんな事が待っているのか、サンフランシスコってどんな町なのか、ワクワクしながら家を出た。
今回は、飛行機でサンフランシスコに向かったので、まずはいつも使い慣れているバスに乗って待ち時間も合わせて結局1時間20分位かかってロスアンゼルス国際空港(LAX)に着いた。 LAXは乗る飛行機によりターミナルが完全に別れているので、自分が使うユナイテッド航空のターミナル7に着いた時に出発2時間20分位前だった。本当は国内線だしこんなに早く着く必要がない気がするのだけれど、飛行機の予約を取った会社で今年ロンドンのヒースロー空港で起きたテロ未遂によりアメリカ国内は飛行機に乗る時に取締りが強化されていてセキュリティエリアを通るのに非常に時間がかかるので、国内線でも少なくとも2時間前にはチェックインを済ませセキュリティを通るようにしてほしい、と連絡があったのだ。チェックインを済ませセキュリティを通ったら、思いの他素直に通過してしまい結局出発2時間前位には通過してしまった。そんなわけで、それから2時間+出発1時間遅れ+飛行時間が1時間15分位でサンフランシスコ国際空港(SFO)に着き、午後3時30分頃にSFOを出た。
まずは、とにかく初めての土地で勝手が分からなかったので、場所を伝えるとその指定場所の前まで連れて行ってくれる乗り合いバン(Door to Door Van)に乗りダウンタウンの中華街にあるホテルまで連れて行ってもらった。バンから見る初めてのサンフランシスコのダウンタウンの町並みは随分都会で小さなニューヨークみたいな感じがした。少しして感じ始めたのは、誰もが話すようにやはり坂が多い所だなということだった。というのも、バンが自分の前に他の人を降ろしていくために町をウロウロして、何度も坂を上ったり下ったりしたからだ。そして、やっと自分が泊まるGrant Plaza Hotelに辿り着いた。正直なところ、ダウンタウンの中心部の観光に便利な所で他のホテルが軒並み税抜き1泊$150とか$200とかだったのにそのホテルは税抜き1泊$55だったのだ。安くて大丈夫かなと思ったのだけれど、いくつかのWebサイトでこのホテルについて書いてあった内容では観光に非常に便利で、部屋は古くて隣の部屋の音が聞える時があるが清潔で良い、と書いてあったので決めた。部屋に行ってみると、やっぱり安宿だけあって、部屋自体は小さかった。そして、ドア、窓、バスルームなどはいかにも“古い”って感じがする作りだった。でも、Webの投稿通り部屋自体は清潔な感じでカードキーがドアについていて安全な感じだった。アメリカのホテルだし、まー自分のように豪華ホテルが必須条件でない奴にはOKな感じの所だと思った。
とりあえず少し落ち着いてから、まだ時間も午後5時位で夜飯にも少し早い気がしたので3ブロック程行くとあるユニオンスクウェア(南北戦争の時に北軍が決起のために集まった場所なのでそう呼ばれているそうだ)というちょっとした広場に行ってみた。いつも通り方向音痴を発揮して一旦全然違う方向に行ってしまい(後で分かったのだけれど)湾のフェリー乗り場の所まで行ってしまい、ホテルの所に戻りほんの5分位で着く場所に30分位かけてやっと着いた。ここはブランドショップやデパートが並ぶ所としても有名で見たことあるブランドがそれぞれの会社の個性に応じてクリスマスデコレーションをしてキレイだった。スクウェア自体にも大きなツリーがあり、暗くなった街に輝いてこれまたキレイだった。ちょっと興奮状態になってしまい、思わず、金曜日の午後5時過ぎだっていうのにすごい人が行き交う中で写真を撮りまくってしまった。少し気分が落ち着いてきたら、やはり寒いと思った。皆から「LAに比べると本当に寒いから防寒はきちんとしなくちゃダメだよ」と言われていたので真冬のコートを着てきたのだけれど、LAでは正直なところ着ていると前のジッパーを開けていないと暑い感じだったのに、サンフランシスコではTシャツ&パーカーの上からコートを着てジッパーを閉めて上の方まで上げて大丈夫かな、といった感じだった。やっぱりカリフォルニア州は広いんだな、とつくづく感じてしまった。
そんなわけで、ひとしきりお上りさん状態になった後で夜飯を食べに行くことにした。今日は町について何も分からないのでとりあえずホテルの人に事前確認しておいたFar East Café(一人で行っても大丈夫で高い料金にならないレストラン)という所に行ってみた。そこに入って驚いた。ちょっと高級そうでしかも広いし1人でなんて誰も来ている人がいなかったのだ。ウェイトレスの人も“え、あなた1人で食べるの?”といった顔つきで自分に「食べに来たのですか?」と聞かれた。一瞬やめようかと思ったのだけれど、他に宛もないので案内してもらった。そのウェイトレスも1人席なんてないから困ったようで通路近くの4人席に「どうぞ」と言って座らせてくれた。メニューが来てまた驚いた。料理の名前にしっかり英語と漢字(北京語?)と日本語が書いてあったのだ。こんなところにも世界各国に出没する日本人が多いことが反映されていて、嬉しかったのだけれど少し悲しい感じがした。結局値段的にもそれほど高くない海老チャーハンとワンタンスープを頼んだ。食べてみたら、本格中華は久しぶりだったからか美味しかった。しょっぱくない醤油味スープにプリプリで具だくさんのワンタンが入っていて、つるっとした舌触りが良かった。チャーハンも一人前にしては量が多い気がしたのだけれど、味付けが少し薄味で脂っこくなくてご飯はパラパラで美味しかった。
食事を終えた後は、ホテルに戻って、ゆっくりと明日と明後日にどうやって観て回ると効率が良いかをガイドブックに付いていた地図を眺めながら考えてから、テレビを観て寝た。

12/16(土)
今日は、雨も降っていないようだったので、昨日の夜決めたように、まずは事前にWeb予約しておいたアルカトラ島に行って、その後フィッシャーマンズワーフで昼飯を食べてからゴールデンゲートブリッジを渡ってみる、という予定で動くつもりでホテルを朝8時頃に出発した。
まずは、アルカトラ島のフェリーが出発するピア(桟橋)にチケットを受け取りに行った。昨日の時点で場所を地図で確認してあったので、歩いて行ってみることにした。そうしたら、地図では分からない事が発覚したのだ。20分位地図で見たとおりに行った所で地図では普通の道なのに坂がすごく急でほとんど行き止まりの状態になっているのが分かったのだ。正直なところ、朝からハード過ぎると思い、とりあえずピアなので湾沿いに行けるだろうと考えて、見晴らしてみて水が見える方向に行ってみた。どうも、そこから海に行く道は夜の大人の繁華街の場所らしく、いかがわしい写真やお店が立ち並んでいた。(ただ朝8時30分頃だったので、何処も閉まっていた)湾に着いてからのんびりと目的のピアまで歩いて行ってみたところ、歩道の幅が広かったこともあるのだけれど、寒い中ジョギングを楽しむ人がポロポロと通り過ぎていった。アメリカは、何処でもそうなのかは分からないけれど、朝夜それから老若男女問わずジョギングをしている人が結構いる。それには、何故か意外な感じがしてならない。というのも、こんなに体に気を使う人がいるのに、太っちょさんが結構多いのだ。やっぱりハンバーガーのせいかな。
そんなどうでもいい事を考えながら歩いていると、目的のピア33に辿り着いた。そこで、予約ページを印刷した物と写真つきIDを提示してチケットをもらった。それから集合時間まで1時間位時間が出来たので、近くにあった観光スポットのピア39に行ってみることにした。まだ午前9時頃だったので、あまりオープンしている店が多くなくて人もそれほどいなくて地味な印象を受けた。けれど、普段ここは人がたくさん集まる場所でサンフランシスコを訪れる人はほぼ必ず行く所だ。クリスマスシーズンということもあり大きなツリーが入り口近くに飾られていた。思わず写真を撮ってしまった。それから、ピアの中のカフェで朝飯にバナナローフ(バナナが混ぜられたパンケーキ)とカフェラテを買って、湾沿いのベンチに座って食べた。少し落ち着いて湾に浮かぶヨットや詳しく知らないのだけれど大きめなカモメみたいな鳥を見てなんか自分がサンフランシスコにいることが信じられない感じがして、少ししんみりしてしまった。
それから、湾沿いに歩き、ガイドブックで必ず乗っているアシカの大群(50頭位いたのかな?)が湾の浮き板に寝そべりながらクゥォアークゥォアーと声をあげている所に行った。目がクリクリしていて愛くるしい感じはしたけれど、声がすごくて随分迫力ある感じがした。何故こんなに集まるのかと思ったら、アシカが怪我をしたりして保護している場所なのだそうだ。それで人が集まるような場所にたくさん集まっているんだと納得した。
朝から結構迫力のあるものを見て、時間もアルカトラズ島ツアーの集合時間に近くなってきたので歩いてピア33に戻り15分程フェリーに乗って、とうとう有名なアルカトラズ島に上陸した。この島の建物は極悪人のみが入る刑務所だっただけあって、さすがに見える建物は全て古めかしくて基本的に無機質で白っぽい感じだった。今は観光名所になっているからか、不謹慎だけど、島の中はどんな感じなのかと思うとワクワクしてしまった。島に上陸した自分を含め多数の人達が軽く英語で島の紹介を受けてから、島の少々急な坂を各自で歩いて島の中心部の刑務所に入った。刑務所の入り口を入ると、そこは、まず入所した人が身に着けている物を全て脱ぎシャワーを浴びる大きな部屋だった。そこから既になんとなく薄暗い感じで居心地いい感じではなかった。ツアーはそこでオーディオツアーの機器とヘッドフォンを借りて階段を上がりツアー開始となった。このツアーは主要各国の言語版のツアーが用意されていて、自分は日本語版のツアーの設定をしてもらって指示に従って歩き始めた。階段を上がる指示があってその階段を上がったら、正に刑務所のイメージそのままの場所に辿り着いた。「おーすごい。」と思いながら指示のあった場所で立ち止まって話が始まった。一人の実在の囚人が体験談を説明するような設定で、色々な場所や色々なエピソードの説明を受けながら指示通り歩いて刑務所を観て回った。当然ながら、このツアーのすごいところは実際の物や場所、それからエピソードに伴い出来た穴や傷が全て本物であったところだ。それがある意味恐ろしくもあり、興味深くもあった。全体を通して、どうも食事は適当に良いものが与えられていたようだけれど、本当に人間扱いの生活を与えられていなかったのだな、と感じた。いつも看守に観察されて、狭くて汚くて暗い牢獄で生活して、限られた時間に限られた場所からではあるけれど、サンフランシスコのダウンタウンが意外と近い感じで見られるのに決してそこには行けず掴むことのできない自由。極悪な事をしてきた見返りではあるけれど、精神的に病んでしまう囚人がいたのも容易に理解できるほどひどい環境だった。そんな興味深いオーディオツアーを終えて、島の刑務所の外を歩いて見て回った時、アルカトラズ島の別の一面を見た。この島には囚人以外にも看守やその家族がダウンタウンと行き来しながら生活していてその形跡が残っていたり、現在生態環境保護区として保護されて様々な動植物が守られながら生息していていたりするのだ。刑務所のマイナスのイメージしか持っていなかったので驚いた。
なんとも貴重で充実した体験をして、なんとなく後ろ髪を引かれながらまたフェリーに乗ってダウンタウンのピア33に戻った。その時時計を見たら、すでに午後1時30分過ぎになっていて、自分が勝手に時間の配分をしていた時間よりも完全に遅れていた。でも、歩いても近くにあったこともあり、昼飯もどこかで食べたかったので、ガイドブックにも必ず載っているフィッシャーマンズワーフのシンボル的なサインのあるピア41辺りに行った。そこは正にお土産や食べ物屋が並び、たくさんの人が歩きながら時間を楽しんでいた。その中でサンフランシスコ名物のクラムチャウダーが中をくりぬかれたサウドーブレッド(丸くて外側が硬くて中がふっくらした少し塩味がするバン)に入っている食べ物を屋台で買って、屋台の近くの道端で知らない人に混じりながら食べた。これは、初めての味というわけではないけれど、暖かいクラムチャウダーが硬いパンを少しずつ柔らかくして美味しかった。
食事の後、もう既に2時30分を過ぎていて、その後予定していたゴールデンゲートブリッジ(以下GBB)を自転車で渡るのには時間が足りないかな、と思ってしまった。というのも、この頃は暗くなるのが早くて午後5時位には結構暗くなってしまうからだった。でも、気分的にも観光ポイントの効率的にも今日回りたいという感じだったので、半分賭けのような感じで自転車レンタルショップに飛び込んだ。そして、半分人と自転車のコースになっている湾沿いの道をだんだんGBBに近づきつつ写真を撮りながら、自転車で上るには随分きつい急坂を上ってGBBの近くにある有名な写真スポット(橋の2つの鉄塔が重なるようにキレイに見ることが出来る場所)に辿り着いて、当然ながら感動した。そして、自転車でGBBの歩道を渡り始めたら、実物の巨大さに本当に驚き、近くで見ると本当にたくさんの大きなリベットやボルトや太いワイヤーで巨大橋を支えていることに驚いた。もちろん写真は撮りまくり10分位かけてもう一方の橋の端に辿り着いた。その後、来た歩道を逆に戻ってきた。その頃には少し冷静にGBBの上にいる自分を感じることが出来て、改めて自分が有名なGBBを自転車で渡っていることに喜びを感じ、「すげー!」と感動をしながら橋から降りてさっきの写真スポットに戻った。そして、思い出に橋渡りを共にした自転車を橋と一緒に撮ってから、一気に自転車レンタルショップに戻った。これまた本当に貴重な経験が出来て満足して自転車を返したら、ここでアクシデントが発生した。自転車のロックとしてタイヤを挟むような鉄の道具が自転車に付いていてその鍵を自転車のハンドルのところに付いている小さなポーチに入れてあった。そして、スペースがあったので自分のデジカメをそこに入れて走っていたのだけれど、あまりに感動してデジカメを出したり入れたりしながら写真を撮っていたら、一緒に入っていた鍵を何処かで落としてしまったのだ。正直鍵を入れてもらったのは覚えていて、落としたことは言われるまで全く気付かなかった。結局$15の料金を余分に払うことになってしまい、$18と思ったほどレンタル料金がかからなかったのに合計$35も払うことになってしまった。今まで感動に浸っていた気分がズドーンと落ちてしまった。なんかせっかくの良い気分を自分で落としてしまった事がショックで、低いテンションでピア41や39を歩きながら暗くなった街を歩いてホテルに向かった。途中、街の建物の明かりが建物の輪郭を浮き上がらせてキレイだったので写真を撮ったりしたのだけれど、気持ちを切り替えることが出来ず、「早くこの気分から抜け出したいな~。」と思ったのだけれど、どうしようもなかった。
ホテルに着き、テンション低いまま夜飯を食べに行くことにした。チャイナタウンの中でホテルから近い所にあった小さな食べ物屋に入って、安くて数種類の料理を食べられるセット(焼きソバ、鳥肉チャーハン、春巻き、野菜炒めみたいな料理とワンタンスープ)を見つけたので食べた。それが低いテンションに沁みて美味しかった。と共に気分も取り戻すことができた。引きずっていた気分は、もしかして腹が減っていたのが原因なのか、と自分に半分呆れながらも少し安心しながらチャイナタウンの開いているお土産屋を覗いてホテルに戻った。
それからは、のんびりとテレビを観ながら、明日のプランを考えて今日よりも少し遅めの時間に目覚まし代わりの携帯の時間をセットして寝ることにした。

12/17(日)
今日は、昨日より少し遅めに起きて身支度をしてから、まず日本人街に行き、SFMOMA(サンフランシスコ現代美術館)に行き、ケーブルカーでフィッシャーマンズワーフ方面粋に乗って途中下車して世界一曲がりくねった車道と言われているロンバート通りを通ってコイトタワーという丘の上に立つこの町の1つのシンボル的な塔に行く予定で行動しだした。
朝飯は上手くいけば日本人街で何か食べようかな、なんて思ってダウンタウンの中心部を歩きで通り抜けて行った。もっと時間がかかると考えていたのだけれど、45分位のんびりと歩いて午前9時過ぎに日本人街に着いてしまった。そうしたら、日曜日でまだ朝ということもあり、店という店がまだ閉まっていた。しょうがないからカフェなら開いているので「どこかカフェにでも行って軽く済ませるか」と周りをウロウロしたら、また少し中心部から外れた所にあったので、カフェ自体が周囲になかったのだ。結局唯一24時間営業していたデニーズに入って軽く食事を取ることにした。その店は、日本に比べると良くなかった。値段も割高な感じがしたし、ウェイターが執拗に「○○はいかがですか?」と聞くし、モーニングセットみたいなもの(小さなパンと千切りにされたポテトを平たく敷き詰めて焼いたものとスクランブルエッグ)を頼んだのだけど、「ベーコンはどうしますか?」と聞かれてセットについている物かと思い頼んだら、ホントに薄っぺらくて細いカリカリベーコンが2枚だけ乗ってきた(それで$2.5位)のだ。それにコーヒーを付けた。せっかく日本人街に来たので店が開いたところを見てみたい気持ちもあり、10時15分過ぎまではデニーズで粘ったのだけれど、もうだんだん日本人街がどうでも良くなってきてしまい、とにかく外に出て見て写真が撮りたい場所があれば撮り、次に進むことにした。こんな時にはチップを払いたくないのだけど、アメリカではこの感じが普通のようで誰も文句を言っていないようだったので、適当にチップを含めて料金を払って出た。結局その後日本人街のシンボル的な五重塔をモチーフにした塔と、店が疎らに開いたその中心部、そして英語と日本語が書かれた標識の写真を撮っておしまいにした。
次の目的地のSFMOMAは、この辺り出身のアンセルアダムスというヨセミテなどの自然を撮る世界的に有名な写真家の作品があるのをガイドブックで見ていたので、期待していった。美術館は町の中心部にあり、建物自体も現代的だった。中に入って見ると、吹き抜けのエントランスがあり、階により違うテーマの作品が置いてあった。ここでは、やはり現代アートということで少々分かりずらい作品が多かったのだけれど、サイズが大きな物が多くあり、その迫力と鮮やかな色使いの作品に圧倒されてしまった。こういうものを観て体の何かが刺激される感じがたまらない。そんな中、アンセルアダムスの写真がいつ観られるのか気にしていたら、なんと(たまたま今だけなのか分らないのだけれど)ほんの数点しか彼の作品はなかったのだ。ちょっとこれにはショックだった。変に期待をしすぎていたのが悪いのだけど、これなら日本で彼の作品展がありそれを観に行った時の方がずっとたくさんの作品が観られた。そんな物たりなさを感じながら、SFMOMAは終了となった。
意外とSFMOMAに時間がかからずに終わり、ケーブルカーに乗る前に軽く昼飯にしようと思い、たまたま町の中心部にあるケーブルカー乗り場の近くにあったバーガーキングに入って食べた。バーガーキングは久しぶりだったのだけれど、何故か美味しくなかった。(Arbyとかの方が美味しい。)まーでも味は期待していなかったので良しとして軽く済ませて、ケーブルカー乗り場で列を作っている人に並んだ。元々は地元の人の足としての機能を果たしていたようだけど、現在は観光の呼び物として役立っているのだ。そうこうしているうちにケーブルカーがやってきて、名物でもある人力の方向転換を見た。これは線路の終点の所にターンテーブルが付いていて、そこにケーブルカーごと乗せて人が手押しで回転させて方向転換をさせるもの。今の時代に昔の雰囲気が残っていて、楽しい感じがした。さて、目的の方向行きのケーブルカーが来て乗り込もうとしたところ、たまたま“君は立って乗ってね”とか言われて立ち乗り用の外向きにセットされた椅子の所の少し出っ張ったステップに付かされてしまった。最初は「え!写真も撮りたいんだよな~。大丈夫かな。」と思ったのだけれど、実際走り出してみると、周りを車が行きかう中で少々危険ではあったのだけれど、風を感じることも出来てこれが思いの他楽しかった。写真も揺れながらだけれど結構撮れたし、坂を上ったり降りたりしてきっと座っていては分らなかったような高い目線からケーブルカー乗車を楽しむことが出来た。元々目的地と思っていた途中の地点に着いたのだけれど、思わず終点まで行ってみることにしてしまった。
そんな感じで終点のフィッシャーマンズワーフの所で降りたら、昨日と違って今日は天候に恵まれて晴れて青空だったので、遠目にではあるものの昨日渡った朱色のゴールデンゲートブリッジと青空と湾の海水が良いコントラストになっていた。なので、「今日渡っていたら、すごくキレイな写真が撮れたのにな~」と思いながら写真を撮った。それから、少しのんびりと湾沿いを歩いてみて、皆コートを着ていて気温も10℃位の時に湾の浜辺で海水浴をしている結構年行ったオバちゃんを見て驚いたりしながら(自分だけじゃなく、他の人も驚きの声をあげていた)、ケーブルカーで来た45度位の傾斜と思う位の坂を20-30分位歩いて上って、ロンバート通りに行った。
この通りは、ただの通りなのだけれど、サンフランシスコ特有の急坂をただ降りるのではなくてくねくね蛇行しながら降りるように道を作ってある一方通行のそれほど広くない道なのだ。きっと、こんな面白い公道はなかなかないから、わざわざ車がここを通るために来ていて途切れることなく車が坂をくねくね降りていた。乗っている人達も楽しそうで、偶にキャーとかフーとか叫びながら降りる人達もいた。この道は、蛇行しているので道以外に道としては無駄なスペースが出来て、そこに草花が植えられていて、春夏の花が咲く頃に来ると本当にキレイな光景のようだった(写真集で拝見した)。今回は花が咲いていなくて残念だったけれど、しょうがないかな。
ロンバート通り脇の歩道(というか階段)を降りて、それから坂をいくつか降りたり上ったりしながら20分位昨日歩いたピアの方に行った所のこれまた高台の所にコイトタワーがあった。コイトタワーは、詳しい事は忘れてしまったのだけれど、お金持ちの人が見晴らしの良い所にタワーを建てて、そのサンフランシスコの景色を愛したらしい(碑があって読んで見たのだけれど、内容を完全に忘れてしまった)。タワー自体は20-30メートル位の高さで日本人のイメージする“タワー”とは違いそれほど高くはないのだ。けれども、町の高台というか丘の頂上に立っているので、サンフランシスコの街を360度見晴らすことが出来た。ここでハプニング発生。「よーし、写真を撮るぞ。」と意気込んで写真を撮りだしたら、3枚目を撮ろうとしたところで、カメラの液晶画面に“容量が足りません”と表示されて記録できなくなってしまったのだ。電池容量は確かに今日の昼くらいから足りない状況ではあったので、バッテリーからアルカリ電池に入れ替えてみた。でも、同様の表示がでて記録できず。今度はメモリ(SD)カードを取り出して、カメラ内部に持っている16MBの容量に記録しようとしても記録できず。結局もうその日はそれからデジカメは使えなくなってしまった。せっかくコイトタワーからの景色を写真に収めようとしていたのに撮れずショックだった。半分呆然として、タワーを降りて他の人が景色をバックに記念撮影していた駐車場の脇の座れる所に行きしばらく町の景色を眺めていた。そうしたら、だんだん気分が持ち直してきて、「まーしょうがないか。」と思えるようになり、ケーブルカーが来た道をおおよそ辿りながら、ダウンタウンの中心街へと向かった。
これまた上ったり降りたりの坂道を行きながら住宅街を通って行った。この街は東京のように家と家がわりと密接していてこじんまりしていて(LAから来たからそう思うのかな?)色使いとしてはパステルカラーがわりと使われていて、誰かが言っていたのだけれど“プリティー(かわいらしい)”という言葉が似合う感じがした。そんなサンフランシスコの住宅街を歩きながら、“自分は外国にいるんだな~”と改めて感慨にふけってしまった。しばらく歩いて住宅街からダウンタウンの中心街に降りてきた頃には午後5時頃になっていた。今日はたくさん歩いたので足は疲れていたけれど、このまま帰りたくなくて、大きな本屋に立ち寄って買わないのにフラフラと本を眺めたりして、時間を使ってペットボトルの水をちょっと遠回りしてチェーン店の薬屋で買ってからホテルに戻った。
その後は、ホテルでとりあえず一旦のんびりして、午後8時前位になりまた近くの中華街の食べ物屋で適当に小さくて値段が安くて行ったことのない店を探して入った。今日は、昨日と似たようなセット(肉とニラの炒め物、焼きソバ、海老チャーハン、ワンタンスープ)を食べた。今日の店は、全体的に濃い味がした。だから、一緒に出してくれたお茶を結構飲みながら堪能した。でも、今日の店の良かったのは店の店員が愛想良くて居心地が良かったのだ。
そんな感じで食事を終え、もう今日がサンフランシスコ最後の夜なので、なんかこのまま帰るのがもったいない気になってしまい、これまた買いもしないのに、中華街のお土産屋をハシゴして何が置いてあるのか観て回ったりして“これはコテコテの定番だな。”とか“これは割安な感じがするけれど、なんか使いにくそう。”とか勝手な評価をしたりしてひとしきり楽しんでからホテルに戻った。
今日も、本当によく歩いていろいろな体験が出来て、写真が撮れなくなったのは悔しかったけれど楽しかったな~。明日は午前中だけ時間があるので、出来るだけ楽しんで帰ろう、と思いながら寝ることにした。

12/18(月)
とうとう今日は最終日になってしまった。でも、飛行機に乗る時刻とそこまで行く時刻を大まかに考えても、午前11時位までは動けそうな時間があるので、午前8時頃にホテルを出て、今日は近場のスターバックスで軽く朝飯を食べてから、ホテルから近くて地図では行きやすい所にあるグレース大聖堂という所に行くことにした。今回の旅で、地図では分からないことがあった。それは、坂の勾配と長さだ。今日もチャイナタウンを横切るように歩き始めて少しして、目的地まではここを曲がって後は一直線でそれほど距離はない、という所で思わずため息が出てしまった。上り坂がドーッと続いていたのだ。朝の9時位の時間から坂上りをするとは思わなかったけれど、ケーブルカーやバスに乗ったりするには距離が短すぎるし待ち時間もあり過ぎたので、結局歩くことにして歩き始めた。やはり朝のサンフランシスコは寒くてコートのジッパーを上の方まで上げていたのだけれど、目的地のグレース大聖堂に着く頃にはジッパーを半分くらい開けて心地よいぐらいになっていた。朝から目が覚める坂だった。
そんな運動をしながら大聖堂に着いた。大聖堂はこの町に似つかわしくないとも思える程どっしりとして、落ち着いた感じだった。中に入って良いものかちょっと覗いてみたら、朝早くて普通の月曜日なので誰もいなかったけれど、入っても問題なさそうなので入った。そして、いつもこういう大聖堂に入ると思うのだけれど、建物に吸い込まれるような感じがした。ステンドグラスが色鮮やかなのに落ち着いていて、天井がすごく高くて日の光がステンドグラスの上のガラスから柔らかく入ってきて、自分が歩く音が響いてしまうほど静かで、建物の中にいると、自分はキリスト教信者ではないけれど、それでも自分が清められる気がした。すごく静粛な気分で教会の一角に行ったら、見つけたのだ。この大聖堂に行こうと思った1つの大きな理由であったキースヘリングというアメリカポップアートの第一人者の壁画があったのだ。本物を見て感動した。教会の中の色使いに合わせるように派手でない色使いではあったけれど、彼独特のポップアートっぽさはあって面白かった。少々その壁画を見入ってから、またすこし大きな大聖堂を見て外に出た。外に出て近くで大聖堂の外壁を見たら、これまた細かい彫刻が施されている扉があって、「すごい!」と思って写真を撮ってしまった。
そんな感じでグレース大聖堂を見学して少し清らかな気持ちになって、残り時間がそれほどなかったこともあり、近場の毎日夜飯を食べに行っていたチャイナタウンのもっといろいろな所を見てみることにした。朝来た坂をだんだん降りて、坂を上り下りするケーブルカーの写真を撮りながら路地を曲がってチャイナタウンに入った。そしたら、一気に漢字が並ぶ中国の雰囲気が漂う場所へと変身した。歩く人もやはりアジアの人が多くて、皆ザワザワと慌しく歩き活気があってゴミゴミしたアジアの国っぽい感じで独特の匂いがした。数ブロック行った所にはあのケーブルカーが走っていてアメリカチックな町並みが広がっているのに、全く違う所だった。昼間はやはり夜に比べて活気があることに少々驚き、そして不思議な気分がしたけれど、「面白いな~。」と感じた。なんかこんな町並みは写真に収めておかねばと思い、パチパチと写真を撮ってしまった。
チャイナタウンをフラフラしてから、最後にマザーから頼まれていたお土産用のサウドーブレッドを探してみた。もしダウンタウンで買えれば空港で探さなくてもすむと思ったのだ。でも、これが見つからなくて、ホテルの近くのみだけど、ウロウロと歩き回っていくつかベーカリーに入って聞いてみたりしたのだけれどなかった。結局諦めて空港で買うことにしてホテルに戻った。
少しだけ休んで、とうとうチェックアウトしてLAに帰ることにした。帰りは、町の様子も分かってきたので、Bartという地下鉄に乗って空港まで行くことにした。地下鉄のホームに行ってみると、思ったよりもキレイな感じで、雰囲気はそれほど日本と変わらない感じがした。とりあえず自分は乗る電車を間違えないように気をつけて、結構分かりやすく表示されているボードとあまり良く聞えないアナウンスを聞きながらBartに乗って空港に向かった。Bartの室内も、日本の地下鉄とは少し違う雰囲気だけれどキレイで人がそれほど乗っていなくて良かった。約30分走りサンフランシスコ国際空港(SFO)駅に着き、結局2時間15分前位にチェックインカウンターに着いた。
SFOでは、やらなくてはいけない事があった。それは、マザーから頼まれていたサウドーブレッドを探す事だ。チェックイン後に、セキュリティを通ってしまうとその後カウンターに戻ってくることは出来ないので、制服を着た係員に何処で買うことができるかを確認してみたところ、セキュリティを通りゲートの方向に行くとフードコート(食事が出来る店が並んでいる所)があり、そのうちの1軒で売っているとのことだった。セキュリティをさらりと通り抜け、係員が言っていた場所に行ってみた。そうしたら、フィッシャーマンズワーフにあるクラムチャウダー入りのサウドーブレッドで有名な店のBoudinがあったのだ。なので、まずは忘れないうちに2ローフ(直径約30cmの丸い饅頭みたいな形のパン)を買ってからマザーに“これから帰ります”連絡をしてブレッドを2ローフ買った事を伝えたら、1つを長女にやる、と言いだした。ということは残りは1つで、ステイ先に帰って皆で食べたらあっという間になくなることに気付き、もう1つくらい持てると思ったので、あと1ローフを買って合計3ローフをを持って、昼飯に中華の麺と野菜炒めと鶏肉をいためたような食べ物を食べて飛行機に乗り込んだ。
飛行機は行きと違い帰りはだいたい定刻どおりにSFOを出発して、LAXに無事に着くことができ、3日位しか離れていなかったのにどこか懐かしく感じながらいつも乗っているバスに乗って家に帰った。

今回初めてサンフランシスコという町に行ってみて、聞いていた通り坂が多い町で、でもそのために町を美しく見せて魅力的にしていた。そんな町でたくさんの人が生活をしていて、そんな生活を眺めることが出来て本当に楽しかった。それに、町の大きさもそれほど大きくなくて、なんだか歩いて回るのには動きやすい大きさの場所だった。何度か予定外のハプニングがありテンションが下がったり上がったりしたけれど、どれも後になれば思い出になり、ふとした時に思い出すキッカケになっている。ヨーロッパ程の歴史はないけれど、どこか昔っぽい匂いを残す町で、自分はサンフランシスコという町が好きになった。またいつか行きたいな。今度はもっと暖かい心地よい時期に行こう。きっとまた違った町の景色を見せてくれると思うから。


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